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手術前の薬物療法は,転移・再発を防ぐことに加え,手術を行うことが困難な進行乳がんを手術できるようにしたり,しこりが大きいために乳房部分切除術が困難な乳がんを小さくして乳房部分切除術ができるようにする効果があります。また,薬物療法の効果が判断しやすく,その効果により,術後の治療を考えることも可能です。

解説

術前薬物療法と術後薬物療法では,転移・再発を防ぐ効果には明らかな差がないことがわかっています。手術前の薬物療法は,転移・再発を防ぐことに加え,手術を行うことが困難な進行乳がんを手術できるようにしたり,しこりが大きいために乳房部分切除術が困難な乳がんを小さくして乳房部分切除術ができるようにする効果があります。術前薬物療法には,手術前に抗がん薬治療を行う「術前化学療法」とホルモン療法を行う「術前ホルモン療法」があります。

術前化学療法でがんが完全に消失しなかった場合,術後に治療を追加したり,術前とは別の治療を選択することがあります。

術前化学療法(抗がん薬治療)

(1)術前化学療法の対象となる方
しこりが大きい浸潤(しんじゅん)がんや,皮膚への浸潤などによりそのままでは手術が困難な局所進行乳がん・炎症性乳がんの場合には,術前化学療法が第一選択となります。手術可能な早期乳がんの場合では,診断時にしこりが大きいために乳房温存療法が困難で,かつ術後化学療法が必要と判断された乳がんで,患者さんが乳房温存療法を希望するときに行います。

(2)術前化学療法に使用する薬剤
術前化学療法に使用する薬剤は,アンスラサイクリン系薬剤やタキサン系薬剤などで,術後に使用する薬剤と同一のものです(☞Q29, 31参照)。治療は3~6カ月の期間で行うのが一般的です。病理検査によりHER2陽性乳がんと診断された場合(☞Q27参照)には,アンスラサイクリン系薬剤に加えて,タキサン系薬剤とトラスツズマブ(商品名 ハーセプチン),ペルツズマブ(商品名 パージェタ)との併用などを考慮します。

(3)術前化学療法のメリット・デメリット
化学療法は術前に行っても術後に行っても,乳がんの再発率や生存率は変わらないとされます。術前化学療法のメリットは,しこりが大きく,皮膚に浸潤していたりするために,そのままでは手術が困難な局所進行乳がん・炎症性乳がんが,術前化学療法を行うことで手術可能になったり,しこりが大きいために乳房部分切除術ができない人が術前化学療法を行うことで,しこりが小さくなった場合に乳房部分切除術ができる可能性が出てくることや,手術での切除範囲が少なくて済むことで,より整容性の高い手術ができる可能性があることです。

術前化学療法により70~90%の乳がんが小さくなります。原発巣の浸潤がんが消失した場合には,消失しなかった場合と比較して,再発の危険性は約半分になります。原発巣の浸潤がんと腋窩(えきか)リンパ節転移がともに消失した場合には,消失しなかった場合と比較して,再発の危険性は4分の1程度になります。一方で,術前化学療法中にしこりが大きくなる乳がんがまれにあります。このような場合は,大きくなったと判断した時点で手術を早めに行うことや,別の抗がん薬に変更することを検討します。

近年,術前化学療法の効果を詳しく評価し,必要に応じて術後薬物療法を変更することにより,予後の改善を図る方法が報告されています。術後に別の治療を選択する例として,術前化学療法を行ってがんが完全に消失しなかったHER2陰性の乳がんに対して,カペシタビン(商品名 ゼローダ)を術後に約6カ月間投与することで再発の危険性を減らすことができる場合があることが報告されています。HER2陽性の乳がんには,術前トラスツズマブを含む抗HER2薬とタキサン系薬剤を併用した術前療法でがんが完全に消失しなかった場合に,術後にトラスツズマブを投与する代わりにトラスツズマブ エムタンシン(商品名 カドサイラ)を投与することで,再発の危険性を減らせることが報告されています。

術前化学療法のデメリットは,針生検などの限られた標本で病理診断を行うので,化学療法を行う前の乳がんの状態がわかりにくくなり,術後治療の選択が難しくなる場合があることです。術後化学療法と比較して,温存乳房内再発率が若干高くなるとの報告もあります。

もともとがんが広範囲に及んでいて,しこりが小さくなっても乳房部分切除術が行えない人や,もともと腫瘍が小さい乳がんの人には,術前化学療法のメリットはありません。

術前ホルモン療法

(1)術前ホルモン療法の対象となる方
手術可能なホルモン受容体陽性乳がんに対して,しこりを小さくするために術前にホルモン療法が行われることがあります。閉経後乳がんを対象とした術前ホルモン療法の臨床研究の結果はいくつかありますが,閉経前乳がんでの研究結果はまだ少ないので,臨床研究以外では閉経前乳がんは術前ホルモン療法の対象とはなりません。また,ホルモン受容体陽性細胞の割合が少ない乳がんやHER2陽性の乳がん(☞Q29参照)は,ホルモン療法の効果が低いことが懸念されるため術前ホルモン療法に適した対象ではありません。

(2)術前ホルモン療法に使用する薬剤
閉経後の乳がんに対しては,アロマターゼ阻害薬が推奨されます。治療期間は明確には定まっていませんが,一般的に6カ月ほどホルモン療法薬を使用します。乳がんが縮小し続けているようであれば6カ月以上使用することを考慮してもよいかもしれません。ホルモン療法薬と抗がん薬を同時に併用した場合の有効性は明らかではなく,臨床研究以外では勧められません。

術後ホルモン療法で使用する薬剤は,術前で使用したホルモン療法薬を計5年もしくはそれ以上となるように使用します。術前ホルモン療法中にしこりが大きくなったときには,術後にホルモン療法薬を変更したり,抗がん薬を追加したりすることを検討します。

(3)術前ホルモン療法のメリット・デメリット
術前ホルモン療法と術後ホルモン療法の再発率や生存率を比較した臨床試験はないため,どちらが治療法として優れているかはわかりません。術前ホルモン療法のメリットは,乳房部分切除術が困難な乳がんでも,しこりが縮小した場合には,乳房部分切除術ができるようになる可能性があることです。もともとがんがかなり広範囲に及んでいて,しこりが小さくなっても乳房部分切除術が行えない人や,もともとしこりが小さい乳がんの人に対する術前ホルモン療法のメリットは明らかではありません。