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乳がん手術後の主な合併症・後遺症としては,上肢のリンパ浮腫や手術跡の痛みなどがあります。上肢リンパ浮腫とは,腋窩リンパ節郭清や放射線療法が原因でリンパ液がたまって腕が腫れた状態になることです。上肢リンパ浮腫を予防するためには,スキンケアをはじめとするセルフケアが大事ですので,日常生活の中で習慣にするとよいでしょう。
術後の痛みは,多くの場合,数カ月で和らぎますが,長引く場合もあります。軽快しない場合は担当医に相談しましょう。
解説
上肢リンパ浮腫の原因と予防
人間のからだには,血液が流れる血管と同じように,リンパ液が流れるリンパ管があり,全身に張りめぐらされています。リンパの流れは,栄養素や老廃物などを運ぶ働きをしています。腋窩リンパ節郭清または腋窩リンパ節郭清と放射線療法を行うとリンパ液がたまって腕や指が腫れることがあり,「上肢リンパ浮腫」と呼ばれています。
仕事や家事,子どもや孫の世話,介護などでは,とかく頑張りすぎてしまいがちですが,腕に負担をかけないよう休憩を取りながら作業することが大切です。また,皮膚に傷ができると腕の血液の循環量が増え,リンパ液が皮下組織にとどまり浮腫を生じやすくなるばかりでなく,細菌感染が新たな浮腫の発症や悪化を引き起こす可能性があるので,注意してください。腋窩リンパ節郭清をした側の腕には鍼・灸や,強い力でのマッサージ,また美容目的のリンパドレナージやマッサージは行わないようにしましょう。後述するように,リンパ節郭清後のリンパ浮腫に対する治療としてリンパドレナージを専門にしている看護師など医療従事者によるリンパドレナージは受けても構いません。また,採血や血圧測定も行って構いません。点滴や注射に関しては今のところ一定の見解がありませんが,特に抗がん薬の点滴は抗がん薬が漏れた際の症状の悪化が懸念されることから避けたほうがよいです。
術後しばらくは,手術をした側の肩や胸・背中が腫れぼったいなどの症状が続くことがありますが,これは手術自体の影響であることが多いです。上肢リンパ浮腫の特徴的な初期症状はありません。しかし,術前と比べ10mm以上腕回りが太くなると,上肢リンパ浮腫が現われていると考えられます。
近年,腋窩リンパ節手術は縮小傾向にあり,重症の上肢リンパ浮腫が起こる頻度は減ってきましたが,センチネルリンパ節生検を受けただけでリンパ浮腫が起こる場合もまれにあり,予防と早期治療は大切です。日頃のスキンケア(清潔・保湿)を心がけ,けがや虫刺されを予防するとともに,窮屈な衣服やアクセサリー,手術した側の腕に負担のかかる運動を避けることなども重要です。なお,予防の段階では圧迫療法もリンパドレナージも不要です。
上肢リンパ浮腫の治療
上肢リンパ浮腫の治療としては,複合的治療が有効です。複合的治療とは,①弾性着衣(スリーブやグローブ)や,弾性包帯(バンデージ)による圧迫療法,②圧迫療法をしている状態での運動療法(エクササイズ),③用手的(手で行う)リンパドレナージ,④尿素配合の保湿クリームなどによるスキンケア,を適宜組み合わせる治療法です。スキンケアは基本的に予防の場合と同様の要領で行います。集中治療はこれらを2~4週間のサイクルで実践し,定期的に腕の周囲の測定や腕の体積の計測を行い,治療効果を確認します。改善がみられたら,次は維持療法として,スキンケア,日中の弾性スリーブ,運動療法などを継続するとともに標準体重を保つようにします。セルフリンパドレナージや波動型マッサージ器の有効性は証明されていません。あくまでも圧迫療法を基本に組み合わせて行うことが重要で,圧迫療法以外は単独では持続的な効果が期待できません。
複合的治療でも改善しない場合は手術治療を検討することがあります。外科的治療であるリンパ管細静脈吻合術では,以前は比較的径の大きな静脈(直径1~2mm)とリンパ管をつないだり,静脈へリンパ管を数本差し込んだりする方法が行われてきました。近年は,より小さな血管径(直径0.3~0.8mm)の静脈に直接リンパ管をつなぐリンパ管細静脈吻合術が開発されていましたが,一般的な手技ではなく,その効果は不確定なため,まだ標準術式としてのコンセンサス(合意)は得られていません。また,薬による治療は有効でないばかりか,重篤な肝機能障害などの副作用が報告されており,行わないほうがよいでしょう。
痛み(術後数年後)について
手術を受けたことによる,胸部からわき,上腕にかけての痛み,違和感やしびれなどの知覚異常は,多くの場合,術後数カ月で和らぎます。しかし,神経痛のようにきりきりとした感覚の痛みや鈍痛などは,数年以上経っても消えない場合があります。このような慢性的に痛みが続く状態は,「乳房切除後疼痛症候群」と呼ばれています。その原因は,はっきりとわかっていませんが,手術や放射線療法や抗がん薬治療による神経の損傷が関与しているのではないかといわれています。手術後10年が経過しても約2割の患者さんに認められるという報告があり,決してまれなことではありません。多くは,再発とは関連のない術後の慢性的な痛みであり,頻度や程度は時間が経過するにつれて軽減してくることが多いのですが,術後長期にわたり日常生活上の妨げになるような痛みが続く場合は,悩まずに担当医に相談してみましょう。対処法としては他の神経痛の治療と同じような薬剤(鎮痛薬,抗うつ薬,抗けいれん薬,局所麻酔薬,医療用麻薬など)を使用することが多いです。