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乳がんの治療は,乳がんの進行状況や性質などを総合的に判断し,その方針を決めていきます。そのため,乳がんの治療を始める前には,「乳がんの性質」と「乳がんの進行状況(ステージ)」や「乳房内での広がり」,「BRCA1/2遺伝子の病的バリアントの有無」,「患者さんの全身状態」などを詳しく検査する必要があります。

解説
乳がんの進行状況を判定するための検査

一般的に,乳房超音波検査,乳房MRI検査は「乳房内での病巣の広がりの程度や多発の有無」「反対側の乳房内の病変の有無」を調べるために,全身CT検査は「腋窩(えきか)リンパ節への転移の有無と程度」「遠隔転移の有無」などを調べるために行われます。

乳がんの手術術式を選ぶときに,乳房に関しては,乳房部分切除術か,乳房全切除術かを選択する必要があります。乳房部分切除術では,がん病巣とその周囲に広がっている領域を含めて過不足なく切除することが大切です。そのため,しこりを越えた乳管内進展(乳管内で増殖している病変)がないか,ある場合にはその程度はどのくらいか,また,乳房内の離れた場所にがんを疑う異常所見がないかどうかを詳細に確認する必要があります。また,乳房部分切除術ができるかどうかの判断は,術後に残った乳腺および周囲組織で保たれる乳房の形が,患者さんにとって許容できる程度かどうかを予測して行いますが,これは切除する組織の量と切除される領域の位置によって変わってきます。

適切な手術術式を選択するためにも,乳がんの治療前検査では,乳がんの広がりや別の場所に存在する小さながんの有無を正確に診断することが最も重要です。マンモグラフィや超音波検査である程度判断することは可能ですが,さらに詳細に確認するための検査として,造影剤を用いたCT検査やMRI検査が行われるようになってきています。また,CT検査に比べてMRI検査のほうが小さな病変やその広がりなどがわかりやすいことが知られており,現在では手術前に乳房MRI検査を行う施設が多くなっています。CT検査やMRI検査では「反対側の乳房内の病変の有無」も同時に診断可能です。

「腋窩リンパ節への転移の有無と程度」は,超音波検査やCT検査,MRI検査でわかることもあります。しかし,これらの検査だけで確実にリンパ節転移をみつけられるわけではありません。そこで,転移があるかどうかわからない場合には,手術の際にセンチネルリンパ節生検(☞Q20参照)を行って,転移の有無を確認します。もともとリンパ節転移が強く疑われる場合には,超音波を用いながらの穿刺(せんし)吸引細胞診などを行い,あらかじめ腋窩リンパ節転移の有無を判定しておくことが必要です。穿刺吸引細胞診などで腋窩リンパ節転移があると診断された場合には,センチネルリンパ節生検は行いません。

「遠隔転移の有無」の検査は,やや必要性が異なります。乳がんと診断されたということで,転移の有無を心配される患者さんも多いでしょう。しかし,進行度でステージI,IIと考えられる乳がん患者さんで,治療前のPET検査や骨シンチグラフィで肺転移や骨転移などがみつかる確率はかなり低く,これらの検査で転移疑いと出ても,さらに詳しく検査してみると実際には転移ではないことも多くあります。また,検査の結論が出るまで患者さんにとっては不要な不安を引き起こし,必要のない検査を実施することで余分な費用がかかってしまうことにもなりかねません。以上のことから,ステージI,IIと考えられる乳がん患者さんでは,手術前に,骨シンチグラフィやPET検査で骨転移や全身の遠隔転移などを調べることは必ずしも勧められていません。

乳がんの性質を調べる検査

乳がんの確定診断に用いた生検標本を病理学的にさらに詳しく検査し,乳がんの性質〔悪性度,ホルモン受容体,HER2(ハーツ―)の状況など(☞Q27参照)〕を確認することで,患者さんの病状の経過(再発の危険性,再発しやすい部位や時期)や,さまざまな薬剤の効き具合を予測することができるようになってきています。これらの情報は,手術術式や,薬物療法に用いる薬剤の決定,薬物療法を行う時期(手術前か手術後か)などを含めて,治療方法を決定する際に必要となります。

BRCA1BRCA2遺伝学的検査

若年で乳がんと診断された患者さんや,血縁者に複数の乳がん発症者がいる患者さんは,BRCA1BRCA2遺伝子に病的バリアント(病気に関連している遺伝子の変化,☞Q65-1参照)を有している可能性があります。これらの病的バリアントの有無は,乳房の手術方法を決める際にも重要な情報となります(☞Q19参照)。また,BRCA1またはBRCA2遺伝子に病的バリアントが確認された乳がん患者さんでは,乳がんを発症した側の乳房に対する切除手術だけでなく,反対側(健側)の乳房に対するリスク低減乳房切除術も保険適用となります。そのため,可能であれば,術式決定より前にBRCA1BRCA2遺伝子の病的バリアントの有無を検査することが望ましいと考えられます。以前は,再発乳がんの治療でオラパリブ(商品名 リムパーザ)を使用できるかを判断するコンパニオン診断時の遺伝子検査にのみ保険が適用されていましたが,2020年4月からは,一定の条件を満たした乳がん患者さんと,すべての卵巣がん患者さんで,BRACAnalysis(ブラカナリシス)診断システムによるBRCA1BRCA2の遺伝子検査が保険適用となりました(☞Q52参照)。

条件:次のいずれかに当てはまる場合。発症が45歳以下,60歳以下のトリプルネガティブ乳がん,2個以上の原発乳がん,第3度近親者以内に乳がんまたは卵巣がんまたは膵がん発症者が1名いる,男性乳がん,HER2陰性高リスク乳がん。