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転移・再発乳がんに対して使うことのできる薬にはたくさんの種類があります。一つの治療法を行って効果があるうちはそれを続け,効果がなくなってきたら別の治療法に変更するというやり方で進めます。どの薬物療法を行うのかについては,①がん細胞の性質(ホルモン受容体の有無,HER2の状況など),②患者さんのからだの状態(転移・再発の状況,症状,体調,閉経の状況,臓器機能が保持されているかどうかなど),③患者さんのご希望などを考慮に入れ,治療効果とQOL(生活の質),治療によって得られる利益と不利益のバランスをよく考えて決めます。転移・再発乳がんの治療においてはQOLを維持し,より良くすることは非常に大切です。
解説
転移・再発の治療に使う薬と使い方
ホルモン受容体陽性乳がんの場合は,ホルモン療法薬を使用します。HER2陽性の場合は,トラスツズマブ(商品名 ハーセプチン)などの抗HER2薬と抗がん薬をあわせた治療を行います。トリプルネガティブ乳がんの場合は,まずPD-L1の発現(☞Q27参照)を確認し,免疫チェックポイント阻害薬が使用できないか検討します。それ以外の場合や,ホルモン療法が効かなくなった場合は,抗がん薬治療(化学療法)の適応になります。BRCA1/2遺伝子検査を行い,BRCA遺伝子の生殖細胞系列に病的バリアントが認められる場合にはPARP阻害薬のオラパリブ(商品名 リムパーザ)を使用します(☞Q16参照)。どの薬を先に使用するかは,がんの進行スピードなどによって変わります。
ホルモン受容体陽性HER2陰性転移・再発乳がんに対する薬物療法
軟部組織や骨のみの転移の場合,あるいは内臓転移があっても,症状がなく,差し迫った生命の危険がない場合,再発までの期間が長い場合には,ホルモン療法から開始します。症状があり,差し迫った生命の危険がある内臓転移(例えば広範な肝転移や肺転移など)には抗がん薬治療(化学療法)から開始します 図1 。
図1 ホルモン受容体陽性HER2陰性転移・再発乳がんに対する薬物療法の基本的な流れ
(1)ホルモン療法
閉経前の転移・再発乳がんの患者さんのホルモン療法は,卵巣でのエストロゲンの合成を抑えるLH-RHアゴニストを定期的に注射します。若干の違いはありますが,おおむね閉経後の患者さんと同様の治療を行います。
①アロマターゼ阻害薬:アナストロゾール,レトロゾール(商品名 フェマーラ),エキセメスタン
アロマターゼ阻害薬は,閉経後にもわずかにつくられているエストロゲンをほとんどゼロに近いレベルまで抑えます。転移・再発乳がんの閉経後のホルモン療法としては,第一選択として考えられることが多いです。閉経前の転移・再発乳がんの方にも,LH-RHアゴニストと併用することで使用可能となります。
②フルベストラント(商品名 フェソロデックス)
両側の臀部に使用開始時は2週に1回,その後,4週毎に筋肉注射をします。閉経前の転移・再発乳がんの方にもLH-RHアゴニスト,CDK4/6阻害薬と併用することで使用可能となります。
③抗エストロゲン薬:タモキシフェン(商品名 ノルバデックス),トレミフェン(商品名 フェアストン)
タモキシフェンは閉経前乳がんのホルモン療法としては第一選択薬です。転移・再発乳がんではLH-RHアゴニストと併用します。閉経後の患者さんや男性乳がんにも使用されます。
(2)ホルモン療法と併せて使用する分子標的治療薬
①CDK4/6阻害薬
CDK4/6阻害薬であるパルボシクリブ(商品名 イブランス),アベマシクリブ(商品名 ベージニオ)はホルモン受容体陽性HER2陰性の転移・再発乳がんに対して,アロマターゼ阻害薬やフルベストラントと併用することによって,ホルモン療法薬だけを使用した治療よりがんの進行を遅らせることができます。
②エベロリムス(商品名 アフィニトール)
mTOR阻害薬であるエベロリムスはアロマターゼ阻害薬のエキセメスタンと同時に使うことで,エキセメスタンだけの治療と比較してがんの進行を遅らせます。
(3)抗がん薬治療(化学療法)
①アンスラサイクリン系抗がん薬:ドキソルビシン,エピルビシン(商品名 ファルモルビシン)
アンスラサイクリン系の薬剤であり,シクロホスファミド(商品名 エンドキサン)と併用して使用されることが多いです。3週に1回,点滴で使用します。術前・術後にも頻用される抗がん薬を,転移・再発乳がんでは術前・術後よりも量を減らして投与します。
②タキサン系抗がん薬:ドセタキセル,パクリタキセル,ナブパクリタキセル(商品名 アブラキサン)
ドセタキセルは通常,3週に1回,点滴で投与します。パクリタキセルは28日を1サイクルとして,1日目,8日目,15日目に点滴で投与します。ナブパクリタキセルは通常,3週に1回,点滴で投与します。
③フッ化ピリミジン系抗がん薬:カペシタビン(商品名 ゼローダ),テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤(略称 S-1,商品名 ティーエスワン)
飲み薬の抗がん薬です。カペシタビンは朝夕2週間連続毎日服用,1週間休薬,または,3週間連続毎日服用,1週間休薬,S-1は朝夕4週間連続毎日服用,2週間休薬,または2週間連続毎日服用,1週間休薬のスケジュールで行います。
④エリブリン(商品名 ハラヴェン),ビノレルビン(商品名 ナベルビン),ゲムシタビン(商品名 ジェムザール)
21日を1サイクルとして,1日目と8日目に点滴で投与します。
(4)抗がん薬と併せて使用する分子標的治療薬
ベバシズマブ(商品名 アバスチン)
血管新生阻害薬と呼ばれる薬剤です。ベバシズマブは2週間に1回,点滴で投与し,パクリタキセルと一緒に使います。
HER2陽性転移・再発乳がんに対する薬物療法
HER2陽性乳がんでは,抗HER2療法と抗がん薬治療の併用により生存期間が延長することが報告されているため,HER2陽性転移・再発乳がんに対しても抗がん薬治療を併用した抗HER2療法が基本となります 図2 。
図2 HER2陽性転移・再発乳がんに対する薬物療法の基本的な流れ
①トラスツズマブ(商品名 ハーセプチン),ペルツズマブ(商品名 パージェタ)
トラスツズマブとペルツズマブはどちらも,HER2タンパクにくっつくことでHER2タンパクの働きを阻害し,がん細胞の増殖を抑える,抗体薬といわれる種類の抗HER2薬です。ペルツズマブは単独で使われることはなく,トラスツズマブと併用します。ペルツズマブを併用することで重篤な副作用が増えるということはありません。トラスツズマブやペルツズマブは,原則,抗がん薬と一緒に使います。ときに年齢や体調を考えてトラスツズマブを単独で使用する場合もあります。トラスツズマブと一緒に使う抗がん薬としては,タキサン系薬剤(ドセタキセル,パクリタキセル)を第一に考えます。これらの効果がなくなった場合は,別の抗HER2薬を使用したり,トラスツズマブと併用する抗がん薬を変更します。使用する抗がん薬には,ビノレルビン,エリブリン,カペシタビンなどがあります。
トラスツズマブの副作用についてはQ31をご参照ください。
②トラスツズマブ エムタンシン(略称 T-DM1,商品名 カドサイラ)
トラスツズマブにエムタンシンという抗がん薬が結合した薬剤です。トラスツズマブ+タキサンの効果がみられなくなった転移乳がんに対して使用すると,ラパチニブ+カペシタビンと比較して生存期間が延長されることがわかったため,ラパチニブ+カペシタビンよりもトラスツズマブ エムタンシンを先に使います。主な副作用は,吐き気,嘔吐,下痢などの消化器症状や,疲労感,肝機能障害,血小板減少です。
③トラスツズマブ デルクステカン(略称 T-DXd,商品名 エンハーツ)
トラスツズマブにデルクステカンという抗がん薬が結合した薬剤です。トラスツズマブとタキサン系抗がん薬の併用療法やトラスツズマブ エムタンシン治療後のHER2陽性乳がんにも高い効果があることが報告されています。トラスツズマブ エムタンシンと比較しても高い効果が認められました。
④ラパチニブ(商品名 タイケルブ)
トラスツズマブ,ペルツズマブと抗がん薬の併用療法や,トラスツズマブ エムタンシンやトラスツズマブ デルクステカンが効かなくなった再発患者さんに使用を検討します。通常,ラパチニブはカペシタビンと同時に使用します。HER2陽性かつホルモン受容体陽性の場合は,アロマターゼ阻害薬と併用することで効果が認められることがあります。
トリプルネガティブ転移・再発乳がんに対する薬物療法
トリプルネガティブの転移・再発乳がんに対しては,抗がん薬治療(化学療法)が基本となります。したがって,治療法はホルモン受容体陽性HER2陰性転移・再発乳がんに対する抗がん薬治療とほぼ同じとなります。ただし,PD-L1が高く発現している乳がんには免疫チェックポイント阻害薬と抗がん薬治療の併用が有効であり,まずそれに応じた治療を行います。
また,BRCA1またはBRCA2遺伝子の病的バリアントが確認された遺伝性乳がん卵巣がんに対しては,PARP阻害薬であるオラパリブ(商品名 リムパーザ)が使用されます 図3 。
図3 トリプルネガティブ転移・再発乳がんに対する薬物療法の基本的な流れ
(1)免疫シグナルをコントロールする分子標的治療薬(免疫チェックポイント阻害薬)
①アテゾリズマブ(商品名 テセントリク)
アテゾリズマブは,PD-L1を標的にする薬で,PD-1とPD-L1の結合により弱められていた,がんに対する免疫細胞の力を取り戻す作用があります。ナブパクリタキセルという抗がん薬と一緒に使用します。
②ペムブロリズマブ(商品名 キイトルーダ)
ペムブロリズマブは,PD-1を標的にする薬です。ゲムシタビン,カルボプラチンという薬剤,またはパクリタキセルやナブパクリタキセルと一緒に使用します。
(2)遺伝性乳がん卵巣がんに対する分子標的治療薬
オラパリブ(商品名 リムパーザ)
BRCA1またはBRCA2遺伝子に病的バリアント(☞Q65参照)を有する,HER2陰性の転移・再発乳がんに対して使用します。アンスラサイクリン,タキサンを使用したことのある方が対象になります。経口薬であり,朝夕で服用します。
骨転移に使用する分子標的治療薬
デノスマブ(商品名 ランマーク),ゾレドロン酸(商品名 ゾメタ)
通常,デノスマブは4週毎に皮下注射で,ゾレドロン酸は3週毎に点滴で投与します。重要な副作用として顎骨壊死があるので,治療開始前に歯科を受診し,必要な歯科治療を行っておくことが必要です。また,デノスマブを投与するときは低カルシウム血症を防ぐために,カルシウムとビタミンD3とマグネシウムの配合剤(商品名 デノタス)を内服します。