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乳がんの性質と再発の危険性(リスク)を予測する因子,患者さんの全身状態,治療法に対する希望や意向,月経の有無などを考慮して,術前もしくは術後の薬物療法を決定します。
解説
術前もしくは術後の薬物療法の目的
術前もしくは術後の薬物療法の主な目的は,からだのどこかに潜んでいるがん細胞(微小転移といいます)を根絶して,再発を予防し,より長い生存期間を目指すことです(☞Q30,31,32参照)。
薬の種類と使用する薬の決め方
再発予防効果が確認されている薬物療法は大きく分けて,抗がん薬(化学療法薬),ホルモン療法薬,抗HER2薬などの分子標的治療薬があります。これらの薬を術前もしくは術後に使用するかどうかは,乳がんの性質と再発のリスクを考慮して決定されます。
乳がんの性質に応じた薬の選択
(1)ホルモン受容体陽性乳がん
病理検査でホルモン受容体(エストロゲン受容体もしくはプロゲステロン受容体)陽性と診断された乳がん(「ホルモン受容体陽性乳がん」といいます)にはホルモン療法を行います。ホルモン受容体陽性乳がんは,エストロゲンが刺激となり,増殖するものと考えられます。乳がん患者さん全体の70~80%がホルモン受容体陽性です。がん細胞のホルモン受容体陽性細胞の割合が多いほど,ホルモン療法の効果が得られる可能性は高くなります。
(2)HER2陽性乳がん
病理検査でHER2陽性と診断された乳がん(「HER2陽性乳がん」といいます)には,トラスツズマブ(商品名 ハーセプチン)などの抗HER2薬と抗がん薬を併用します(☞Q16参照)。
(3)ホルモン受容体陰性・HER2陰性乳がん(トリプルネガティブ乳がん)
エストロゲン受容体やプロゲステロン受容体,HER2タンパクのいずれも陽性でない乳がん(3つとも陰性と診断されることから,「トリプルネガティブ乳がん」といいます)は,ホルモン療法や抗HER2薬の効果が期待できないため,これらの治療は行いません。術前もしくは術後に抗がん薬治療を行うことで対処します。最近では,免疫チェックポイント阻害薬を術前から併用することもあります。
再発リスクを予測する因子
再発リスクを予測する因子は,腫瘍の大きさ(大きいほうがリスクが高い),リンパ節転移の状態(転移があるほうがリスクが高い),がん細胞の悪性度(病理学的悪性度,グレードが高いほうがリスクが高い),がんの増殖能(Ki67が高いほうがリスクが高い),がん細胞のHER2の状態(HER2があるほうがリスクが高い),脈管侵襲〔切除した標本を顕微鏡でみて,がんの周りの脈管(リンパ管や血管)にがん細胞がどの程度入り込んでいるかを調べる。脈管侵襲があるほうがリスクが高い〕などです(☞Q27参照)。
ホルモン受容体陽性HER2陰性乳がんに抗がん薬治療を行うかどうかについては判断が難しい場合があります。上記の再発リスクを予測する因子を考慮して決定します(☞Q42参照)。Oncotype DXやMammaPrintといった遺伝子検査(多遺伝子アッセイ)を用いることもできます(☞Q27参照)。
腫瘍の大きさ(☞Q15, 17参照)が0.5cm未満で腋窩リンパ節転移がなく,上記のリスク因子を伴わない場合には再発の可能性が少ないため,抗がん薬や抗HER2薬は使用しません。
薬による再発予防の治療を行う根拠とその限界
再発予防の治療は,本来であれば,「再発する人」と「再発しない人」を特定して,再発する人にだけ行うのが理想的です。しかし,どの人が再発するかしないかを正確に予測することは非常に難しく,前述したように,「再発の危険性を予測する因子」を組み合わせて,「再発の危険性の高い群,中くらいの群,低い群」に区別するのが限界です。
再発予防を目的に抗がん薬治療を行うべきかどうかという判断は,ときに難しいことがあります。乳がんの性質や再発のリスクを十分に検討し,再発のリスクが高く,抗がん薬による再発予防効果が高いと判断される場合は,強く抗がん薬治療を勧めることになります。一方,再発のリスクが低く,抗がん薬による再発予防効果が低いと判断される場合は,抗がん薬治療は勧めません 図1 。判断が難しいのはその中間の場合にどうするかという点です。抗がん薬による再発予防効果と副作用などを総合的に検討し,担当医と十分に話し合って,治療法を決めてください。
また,薬物療法により生じる副作用の程度は患者さんそれぞれで違いがあり,患者さんによっては薬物療法の副作用で生活の維持が著しく困難になる場合があります。担当医と薬物療法変更のメリット・デメリットなども十分に話し合い,一度決定した治療法であっても,ときに治療を中断したり,変更したりする判断が必要となることもあります。
図1 再発リスクによる抗がん薬のメリットの違い(イメージ)
同じ抗がん薬(化学療法薬)を使用しても,再発リスクの高い人には抗がん薬(化学療法薬)のメリットは大きく,再発リスクの低い人には抗がん薬(化学療法薬)のメリットは小さくなります。