総説1    乳がん検診とブレスト・アウェアネス

1)乳がん検診と乳房構成の通知問題

 乳がん検診は乳癌による死亡の減少を目的として行われており,科学的に死亡率低減効果が証明されているのはマンモグラフィによる乳がん検診のみである。マンモグラフィ検診のエビデンスは欧米でのランダム化比較試験で証明されており,その有効性は50歳以上の年代では明らかであると評価されているが,40~49歳の年代では死亡率の低減効果は認められるものの,50歳以上の年代と比較して検診による偽陽性や偽陰性の増加等の不利益が大きいため,総体としての利益は低くなる傾向があるとされている。

 マンモグラフィ検診の有効性に影響を与える原因として挙げられるのが高濃度乳房であり,米国では乳房構成の通知を法制化する動きが多くの州で取られている。わが国でも2016年6月の新聞報道を契機としてマンモグラフィ検診の偽陰性や高濃度乳房に関する議論が盛んになり,2017年3月,乳がん検診関連3団体(日本乳癌検診学会,日本乳癌学会,日本乳がん検診精度管理中央機構)が共同で「対策型乳がん検診における『高濃度乳房』問題の対応に関する提言」1)を行うに至った。この提言では,乳房構成に関しては通知後の対象者の対応(検査法等)が明示できる体制が整ったうえで実施されることが望ましく,全国の市区町村で「一律に乳房の構成を通知するのは時期尚早」とされている。

 乳房構成の情報提供が適切に行われるならば,乳房に関する意識を高め,定期的な検診受診や,症状出現時の適切な医療機関受診行動につながる等のメリットがある。一方,情報提供が不適切な場合,心配による精神的苦痛や,結果的には不要となる追加検査による身体的・経済的負担などのデメリットが生じるため,情報提供には慎重な対応が必要である。

 「がん予防重点健康教育およびがん検診実施のための指針」2)では,検診の結果については,「精密検査の必要性の有無を附し,受診者に速やかに通知する」と定められており,乳房構成に関する情報を伝えるかどうかに関しての記載はない。したがって現段階では,乳房構成を通知するか否かは市区町村の判断に委ねられている。

2)乳房構成と偽陰性対策

 乳がん検診での乳房構成別の感度に関する比較的精度の高いわが国からの報告は2報あり,「極めて高濃度」で33.3%と51.1%,「不均一高濃度」で68.3%と68.5%,「乳腺散在」で78.9%と79.2%,「脂肪性」で90.7%と100%であり,濃度が高いほど検出感度が低下する傾向が示されているが,高濃度でなくとも一定数の偽陰性は存在することが明らかにされている。すなわち,高濃度乳房問題の本質は乳房構成の告知をすることではなく,検診のシステムには一定の確率で偽陰性が生じることの理解を広げ,偽陰性となる不利益を最小化する対策を講じることに帰着すべきである。

 高濃度乳房への対応として「乳癌診療ガイドライン2018年版」では,マンモグラフィ検診の補助的診断モダリティとして用手的超音波検査,トモシンセシス,乳房用自動超音波装置について有用性に関するクリニカルクエスチョン(CQ)を設定し検討されたが,いずれも死亡率減少に関するエビデンスが存在しないことを理由として行わないことを弱く推奨するとされていた。今回のガイドラインでは乳房構成を限定せず,一般リスクの女性を対象とした補助的モダリティとして用手的超音波検査をCQとして取り上げ,有用性に関して検討している(☞検診・画像診断CQ1参照)。

3)ブレスト・アウェアネス

 これまでは通常の乳がん検診との対比において,自己が行う乳房チェックは「自己触診」の用語が広く用いられ,指導されてきた。自己触診はしこりを探す,診察・診断するといった「検診行為」と位置付けられ,乳房の触り方等,手技の習得が主体であるため,煩雑で習得が難しく,正確性,継続性等,実効性に疑問があると考えられる。これに対し,今後のがん予防健康教育を行ううえでの新たな考え方として,女性自身が自分の乳房の状態に関心をもち生活する健康教育として「ブレスト・アウェアネス」の啓発が進められている。

 ブレスト・アウェアネスは1990年代に英国で提唱された概念で,わが国では「乳房を意識した生活習慣」と定義され,その実践に際しては4つのポイントが挙げられている。

  1. 自分の乳房の状態を知る。
    日常生活の中で自身の乳房の大きさ,硬さ,月経の周期に連動した変化などに気を付け,通常の状態を理解し覚えることが第一歩となる。
  2. 乳房の変化に気を付ける。
    異常を探すという意識よりも,今までの生活では記憶にない変化を感じる,変化に気付くことが重要である。乳房の変化として注目してほしいポイントとして腫瘤(しこり),血性乳頭分泌,乳頭乳輪部のびらん,皮膚陥凹等がある。
  3. 変化に気付いたらすぐに医師に相談する。
    変化に気付いたら次回の検診を待ったり,自己判断で先延ばしせずに医療機関を受診する。この早期受診行動は乳がん検診の偽陰性対策のみならず,若年発症の乳腺疾患において遅滞なく診断・治療につなげる意味においても非常に重要な項目である。
  4. 40歳になったら2年に1回乳がん検診を受ける。
    科学的根拠のある乳がん検診(マンモグラフィ)を受けること,2年に1回の受診間隔を守ることを理解する。さらに検診で異常を指摘された際には確実に精密検査を受けることも重要である。

 ブレスト・アウェアネスには死亡率低減効果に関するエビデンスは存在しないが,がんの予防教育においての重要性は疑いの余地はなく,義務教育の段階から広く国民に周知されるべき概念である。厚生労働省の示すがん検診実施のための指針「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」においても2021年10月1日の改正により,従来の「自己検診」に代えて「ブレスト・アウェアネス」の重要性が明記された。その普及によって乳がん検診対象以下の若年性乳癌の早期発見や,高濃度乳房に代表される乳がん検診の偽陰性対策となることが期待される。

参考文献

1)日本乳癌検診学会,日本乳癌学会,日本乳がん検診精度管理中央機構.対策型乳がん検診における「高濃度乳房」問題の対応に関する提言.平成29年3月21日.http://www.jabcs.jp/pdf/DBrecommendation.pdf(アクセス日:2022/2/26)

2)厚生労働省健康局.がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針.令和3年10月30日一部改正.https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000838645.pdf(アクセス日:2022/2/26)