総説1 乳癌初期治療における乳房手術

1)乳癌の進展・転移に関する理論と外科的治療
 癌に対する外科療法は侵襲性というデメリットはあるが,局所の病変を完全に取り除くことができる点においては他のモダリティより一日の長がある。かつては,乳癌はまずバリアの役割をもつ領域リンパ節に転移し,それから全身に広がるというHalstedの理論に基づき,領域リンパ節やそのリンパ路を含めて局所を可能な限り取り除くことが望ましいとされており,腋窩リンパ節郭清を伴う胸筋合併乳房全切除術が標準的術式であった1)。ミクロレベルの癌遺残はいずれ必ず増大し,再発につながると信じられてきた。しかし,内胸リンパ節郭清を含む拡大手術を施行しても思ったほど予後の改善にはつながらないことがわかり,その後,Fisherらの理論では,乳癌は顕在化した時点から,①既に癌が転移している全身病である,②そもそも転移しない,のどちらかであり,①と②は区別ができないとされ,外科療法を含む局所療法の差異は予後に影響せず,全身薬物治療が重要であると考えられるようになった2)。しかし,その後,スペクトラム理論と称される中間的な考え方が示され,現在では,乳癌は初期の段階では全身病ではないが,ある時点から全身病になるという考え方が主流である。したがって,局所に癌がとどまっている症例に対しては,外科療法が根治に有用である可能性が高い。また,再発乳癌であっても,局所再発のみの場合は外科療法を中心とした集学的治療による完治の可能性がある。遠隔転移を伴う場合では,原発巣あるいは転移巣に対する外科療法が予後改善に有用であるかは不明であるが,局所の制御には有用である。

2)乳房に対する外科的治療
 1970年代までは,Halsted理論に基づき,ほとんどすべての乳癌患者に腋窩リンパ節郭清に加えて大胸筋,小胸筋を含む乳房全切除術が行われていた。その後,検診の普及による早期乳癌の増加やランダム化比較試験の結果を受けて術式の縮小化が進んできた。まず,胸筋温存乳房全切除術は胸筋合併乳房全切除術と比較して再発率および生存率が同等であることがランダム化比較試験で確認された。1970年代から80年代にかけて,乳房温存療法(乳房部分切除術+放射線療法)と乳房全切除術を比較した6つのランダム化比較試験が行われた。いずれの試験でも両群間の生存率に差を認めないことが明らかになり,そのメタアナリシスによる長期成績においても生存率の有意差は認められなかった3)4)。これらのことから,Stage Ⅰ,Ⅱの浸潤性乳癌では,腫瘍径などの適応条件を満たす場合は乳房温存療法が推奨されるようになった。非浸潤性乳管癌(ductal carcinoma in situ;DCIS)に対する局所治療も浸潤癌同様,乳房温存療法と乳房全切除術が基本である。乳房温存療法と乳房全切除術とのランダム化比較試験の報告はないが,乳房温存療法の妥当性については多くのレビューが行われており,浸潤癌と同様の適格基準により,組織学的に断端陰性で整容性が保たれる場合に限り,DCISに対しても乳房温存療法は標準治療となった5)~8)

 乳房部分切除術において,切除断端陽性は局所再発のリスク因子であり,極力断端を陰性にすることが重要である。断端陽性の定義は,各施設や論文によって,「切除断端に癌病巣が露出」から「切除断端から1 mm,2 mm,3 mm,5 mmあるいは10 mm以内に癌巣あり」などさまざまであり,統一されていなかった。Society of Surgical Oncology(SSO)とAmerican Society for Radiation Oncology(ASTRO)は2014年にStage Ⅰ-Ⅱ乳癌に対して,2016年にはDCISに対する照射併用乳房温存療法の断端に関するコンセンサスガイドラインを提示して,浸潤癌では「切除断端に浸潤癌,非浸潤癌の露出があること」,非浸潤癌では「切除断端から2 mm未満に非浸潤癌あり」を断端陽性の定義として推奨している9)10)(☞外科FRQ2参照)。

 乳房部分切除術後の放射線療法については,ランダム化比較試験のメタアナリシスにおいて,浸潤癌に対しても非浸潤癌に対しても全乳房照射が推奨されている(☞放射線BQ12参照)。温存乳房内再発リスクが低い乳癌に対して,放射線療法が省略できる群を探索する検討も行われてきており,個々の患者のリスク,ベネフィットを踏まえて放射線療法の有用性を考えるべきであるが,温存乳房への非照射も再発のリスク因子であり,現時点では乳房部分切除術後の温存乳房への放射線療法は標準と考えるべきである。Early Breast Cancer Trialists’ Collaborative Group(EBCTCG)のメタアナリシスでは,放射線療法により15年での死亡の絶対リスクが3.8%減少することが示され,局所再発リスクの減少と乳癌死のリスクの減少には相関がみられることが判明しており,局所再発を軽視すべきではない11)

 腫瘍径が大きく,乳房部分切除術の適応とならない場合でも,術前薬物療法により腫瘍の縮小が得られれば,乳房の温存が可能となる。ただし,化学療法後の縮小パターンは一様ではないため,画像評価による慎重な適応の決定を要する(☞外科BQ1参照)。

 ラジオ波焼灼療法(radiofrequency ablation;RFA),凍結療法,集束超音波療法などの非切除治療(non-surgical ablation)に関しては,乳房部分切除術と同等の局所制御を有するとの十分な根拠はなく,現時点では臨床試験として実施されるべきであり,実地臨床としては勧められない(☞外科FRQ4参照)。

追記(2024年3月 Web改訂)
 RFAについては、2013年から本邦で行われた前向き試験の短期成績に基づき、2023年7月7日に早期乳癌に対して薬事承認をうけ、12月1日に保険収載された。その実施に際しては、本学会の認定する施設および専門医に限り実施可能である。(☞外科FRQ4 2024年3月 Web改訂)

3)わが国における乳房手術の変遷
 乳癌手術はさまざまな臨床試験の結果を受け,この30~40年くらいの間に大きく変遷している。欧米に遅れながらもわが国では,1987年には非定型乳房切除術(現在の乳房全切除術)が定型的乳房切除術(胸筋合併乳房全切除術)を上回り,1993年には全手術の67.2%に達している12)。一方,乳房部分切除術は1986年頃から一部の施設で開始され始め,その後徐々にその割合は増加し,2003年には乳房部分切除術が乳房全切除術(非定型乳房切除術)を上回った(48.4%>45.2%)。しかし,乳房部分切除術は2007年には約60%で頭打ちとなった。一方で,人工物による乳房再建の保険適用とその技術の進歩により,再建を前提にした皮膚温存もしくは乳頭温存乳房全切除術が増加している13)。2020年4月より,BRCA1/2遺伝学的検査が保険収載された。今後はこのような遺伝学的情報を勘案した術式選択も検討されていくと考えられる。  このように,現在の乳癌手術の選択は多様化しており,標準化されている乳房部分切除術,乳房全切除術に加えて,皮膚温存乳房全切除術,乳頭温存乳房全切除術,乳房再建手術(自家組織,人工乳房)の付加など,適応により多くの選択肢があり,それぞれの術式に関して,その適応やリスクについて十分な知識が必要である。一方で,乳房手術における治療の選択は医学的適応のみならず,患者の希望,価値観,人生観などにも左右されるため,それぞれの益と害を十分に説明したうえで,患者の意思決定権を尊重することが重要である。

参考文献

1)Halsted WS. I. The results of operations for the cure of cancer of the breast performed at the Johns Hopkins Hospital from June, 1889, to January, 1894. Ann Surg. 1894;20(5):497-555. [PMID:17860107]

2)Fisher B, Redmond C, Fisher ER, Bauer M, Wolmark N, Wickerham DL, et al. Ten-year results of a randomized clinical trial comparing radical mastectomy and total mastectomy with or without radiation. N Engl J Med. 1985;312(11):674-81. [PMID:3883168]

3)Clarke M, Collins R, Darby S, Davies C, Elphinstone P, Evans V, et al;Early Breast Cancer Trialists’ Collaborative Group(EBCTCG). Effects of radiotherapy and of differences in the extent of surgery for early breast cancer on local recurrence and 15-year survival:an overview of the randomised trials. Lancet. 2005;366(9503):2087-106. [PMID:16360786]

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10)Morrow M, Van Zee KJ, Solin LJ, Houssami N, Chavez-MacGregor M, Harris JR, et al. Society of Surgical Oncology-American Society for Radiation Oncology-American Society of Clinical Oncology Consensus Guideline on margins for breast-conserving surgery with whole-breast irradiation in ductal carcinoma in situ. J Clin Oncol. 2016;34(33):4040-6. [PMID:27528719]

11)Clarke M, Collins R, Darby S, Davies C, Elphinstone P, Evans V, et al;Early Breast Cancer Trialists’ Collaborative Group(EBCTCG). Effects of radiotherapy and of differences in the extent of surgery for early breast cancer on local recurrence and 15-year survival:an overview of the randomised trials. Lancet. 2005;366(9503):2087-106. [PMID:16360786]

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13)Kurebayashi J, Miyoshi Y, Ishikawa T, Saji S, Sugie T, Suzuki T, et al. Clinicopathological characteristics of breast cancer and trends in the management of breast cancer patients in Japan:based on the Breast Cancer Registry of the Japanese Breast Cancer Society between 2004 and 2011. Breast Cancer. 2015;22(3):235-44. [PMID:25758809]