総説4   食事関連因子と乳癌発症リスクの関連

 これまで欧米諸国を中心に乳癌と食物・栄養との関連が精力的に検討され,膨大なエビデンスが蓄積している。これらのエビデンスをもとに因果関係を評価した報告書として代表的なものにWorld Cancer Research Fund(WCRF,世界がん研究基金)/American Institute for Cancer Research(AICR,米国がん研究協会)が行った「食物・栄養・身体活動とがん予防:国際的な視点から」がある1)。これは1997年に第1版が発表されて以来,統一的な基準で包括的にエビデンスの信頼性を評価した報告として,世界中の行政および医療関係者,研究者の間で広く用いられてきた。2007年11月にはエビデンスをアップデートする形で第2版が発行された1)。その後は,部位別に更新作業が進められ,乳癌については,2010年と2017年に更新版が公開された。2018年には,部位別の更新版を束ねる形で第3版が発行された2)。ここでは最新版の報告書をもとに,食事関連因子と乳癌発症リスクとの関連における因果関係評価の国際的な現状を概説する。

 第2版では,エビデンスのレビュー結果をもとにその因果関係の確からしさを総合的に評価して,最終的に「Convincing(確実)」,「Probable(ほぼ確実)」,「Limited-suggestive(可能性あり)」,「Limited-no conclusion(証拠不十分)」,「Substantial effect on risk unlikely(大きな関連なし)」の5段階に分類している。この方法は,その後の更新版でも踏襲している。「確実」と評価されるには,複数のコホート研究のエビデンスがあること,それらの結果が一致していること,バイアスをできるだけ排除した質の高い研究であること,量反応関係があること,動物実験等により生物学的なメカニズムの説明が可能であること,等の要件を満たす必要がある。「ほぼ確実」という評価は,複数のコホート研究のエビデンスがあることに加え,上述の量反応関係以外の要件を満たす必要がある。したがって「確実」または「ほぼ確実」と評価された因子については,予防行動を取ることが勧められる。一方,「可能性あり」は,研究の方法論に問題がある場合や研究数自体が少ない場合があるものの,複数のコホート研究のエビデンスがあり,それらの結果が概ね一致しており,動物実験等により生物学的なメカニズムの説明が可能である場合が該当する。「証拠不十分」という評価は,研究数が少ない,結果が一致しない,研究の質が低い等の理由から,より確定的な評価ができない場合になされる。したがって「可能性あり」または「証拠不十分」と評価された因子を予防行動に取り入れることは勧められない。また「大きな関連なし」という評価は,複数のコホート研究のエビデンスがあり,摂取量の最低群と最高群を比較したときのリスクが1に近いという結果が一致してみられ,バイアスをできるだけ排除した質の高い研究がある場合になされる。

 評価結果のまとめを表1に示す。閉経前に診断される乳癌と閉経後に診断される乳癌とではリスク因子が異なる可能性があるため,評価は閉経前後に分けて行われた。閉経前後にかかわらず,成人期の高身長は「確実」なリスク因子で,授乳は「ほぼ確実」な予防因子に位置付けられている。アルコールも閉経前後にかかわらずリスク因子であるが,閉経前は「ほぼ確実」,閉経後は「確実」という評価であった。一方,肥満(腹部肥満を含む)は,閉経後では「確実」なリスク因子であるが,閉経前は「ほぼ確実」な予防因子という評価であった。さらに閉経後では,肥満関連因子として成人になってからの体重増加が「確実」なリスク因子と評価され,一方,18~30歳頃の青・壮年期の肥満は「ほぼ確実」な予防因子という評価であった。身体活動も閉経前後ともに予防因子であるが,閉経前は「可能性あり」,閉経後は「ほぼ確実」という評価であったが,閉経前では特に激しい身体活動は「ほぼ確実」という評価であった。その他,閉経前では出生時体重が重いことが「ほぼ確実」なリスク因子という評価であった。また閉経前後にかかわらず,非でんぷん野菜(エストロゲン受容体陰性のみ),食物に含まれるカロテノイド,カルシウムを多く含む食事は,予防因子として「可能性あり」という評価であり,さらに閉経前では乳製品も予防因子として「可能性あり」に位置付けられている。以上が「可能性あり」より上位に分類された因子であるが,その他,多くの食品・栄養素は「証拠不十分」と評価されている。また,「大きな関連なし」と判断された因子はない。表中に赤字で記載した因子は,本書においてバックグランウドクエスチョン(BQ)として取り上げている。詳細については各項を参照されたい。

 主に欧米諸国から報告されたエビデンスに基づく評価は前述のとおりであるが,日本人のエビデンスに基づく評価の現状について,国立がん研究センター研究開発費による研究班「科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」の評価結果を紹介する(表2)(https://epi.ncc.go.jp/can_prev/index.html)。本研究班でもWCRFや他の国際機関での評価方法を参考に規準を定め,日本人のエビデンスに基づき因果関係評価を行っている。その結果,閉経後の肥満は「確実」なリスク因子,閉経前の肥満(BMIが30以上の場合),喫煙および受動喫煙,飲酒はリスク因子として「可能性あり」という評価であった。閉経後の肥満は国際的な評価と一致しているが,閉経前の肥満については国際的評価とは逆の評価であった。また運動,授乳,大豆およびイソフラボン摂取は予防因子として「可能性あり」という評価であった。運動および授乳は,国際的評価よりランクは劣るものの同じく予防因子に位置付けられているが,国際的には「証拠不十分」となっている大豆およびイソフラボン摂取が「可能性あり」と1つ上の評価となっている。

 このように必ずしも日本人を対象とした評価は,国際的な評価と一致しているわけではないが,今回の評価結果を生活習慣改善による乳癌予防の観点から見直すと,個人レベルで実践に値する因子は,アルコール,肥満,身体活動であり,アルコール摂取を控え,閉経後の肥満を避けるために体重を管理し,身体活動量を増やすことが重要である。

参考文献

1)World Cancer Research Fund/American Institute for Cancer Research. Food, Nutrition, Physical Activity, and the Prevention of Cancer:a Global Perspective. Washington DC, AICR, 2007. https://discovery.ucl.ac.uk/id/eprint/4841/1/4841.pdf

2)World Cancer Research Fund/American Institute for Cancer Research. Diet, Nutrition, Physical Activity and Cancer:a Global Perspective. Continuous Update Project Expert Report 2018. http://www.dietandcancerreport.org(アクセス日:2022/4/18)