総説3    生理・生殖に関する因子と乳癌発症リスクとの関連

 生活習慣や既往歴をはじめ,さまざまな因子と乳癌発症リスクとの関連が検討されている。本診療ガイドラインでも多くの因子を取り上げ,証拠としての確からしさをエビデンスグレードとして評価しているが,「Limited-suggestive(可能性あり)」や「Limited-no conclusion(証拠不十分)」に留まるものも多く,さらなるエビデンスの蓄積が待たれる。一方,以前より確立したリスク因子として知られ,多くのエビデンスに基づき「Convincing(確実)」あるいは「Probable(ほぼ確実)」なリスク因子として評価が定まっているものもある。このような因子の中には,本診療ガイドラインの改訂の際に紙幅の都合により,掲載を見送ったものもある。しかし,乳癌の発症リスク因子の全体像を把握することは重要であるため総説として紹介することとした。ここでは,主に生理・生殖に関する因子を扱う。身長や出生時体重等,体格に関する因子は,総説「食事関連因子と乳癌発症リスクとの関連」を参照されたい。

 乳癌の発生・増殖には,女性ホルモンのエストロゲンへの曝露が深くかかわっている。生理・生殖に関する因子は,そのような性ホルモンの変動を介して乳癌発症リスクに関連することが想定されている。「初経年齢が早い」あるいは「閉経年齢が遅い」は,閉経前女性の月経周期に伴うエストロゲンへの曝露期間が長いためにリスクが増加すると考えられている。また「出産歴がない,出産回数が少ない」,「初産年齢が遅い」,「授乳歴がない」といった女性の乳癌発症リスクは高いが,これも妊娠・出産に伴う性ホルモンの変化が関与していることを示唆している。授乳中の無月経による低エストロゲン状態は,発症リスク減少の一つの理由と考えられているが,出産や授乳を契機に乳腺細胞の分化が進むことにより発症リスク減少がみられるという説もある。

 生理・生殖に関する因子と乳癌発症リスクとの関連を検討した大規模メタアナリシスの結果1)2)を表1にまとめた。これらのメタアナリシスにおいても日本人を対象とした研究が含まれているものの,その数は少なく,多くは欧米人を対象とした研究である。近年,日本人女性を対象としたコホート研究9件(閉経前女性61,113人,閉経後女性126,886人の計187,999人)のプール解析の結果が発表された3)。その結果,初経年齢と授乳歴については,閉経前・閉経後ともに有意な関連はみられなかった。閉経年齢については,閉経年齢が50歳以上の群では,閉経年齢44歳以下の群に比べ,有意なリスクの増加がみられた。出産回数については,閉経前女性を対象とした解析では,未経産の群に比べて2回以上の群での有意なリスク減少がみられ,閉経後女性を対象とした解析では,出産数の増加に伴う有意なリスク減少が観察された。また初産年齢については,閉経前女性を対象とした解析では,初産年齢が21~25歳の群に比べて36歳以上の群で有意なリスク増加がみられ,閉経後女性を対象とした解析では,初産年齢が26歳以上の群で有意なリスク増加がみられた。

 このように日本人女性を対象としたコホート研究のプール解析の結果の一部は,大規模メタアナリシスの結果と一致しないものであった。このプール解析は,日本人女性を対象とした研究としては最大規模であるが,解析対象の症例数は,閉経前が873例,閉経後が1,456例である点,対象となったコホート研究の中には,初経年齢・閉経年齢・初産年齢をカテゴリーの選択肢により評価していたために1歳ごとのリスクの計算ができなかった点,また授乳歴についても授乳期間の情報を収集していないコホート研究があり,授乳期間との関連が評価できなかった点,等が課題である。このように日本人女性を対象としたエビデンスには限界があるものの,国際的な大規模研究のエビデンスを踏まえると,初経年齢,閉経年齢,出産歴,初産年齢,授乳歴は,乳癌発症リスクに関連する因子として確立したものといえるだろう。

参考文献

1)Collaborative Group on Hormonal Factors in Breast Cancer. Menarche, menopause, and breast cancer risk:individual participant meta-analysis, including 118 964 women with breast cancer from 117 epidemiological studies. Lancet Oncol. 2012;13(11):1141-51. [PMID:23084519]

2)Collaborative Group on Hormonal Factors in Breast Cancer. Breast cancer and breastfeeding:collaborative reanalysis of individual data from 47 epidemiological studies in 30 countries, including 50302 women with breast cancer and 96973 women without the disease. Lancet. 2002;360(9328):187-95. [PMID:12133652]

3)Takeuchi T, Kitamura Y, Sobue T, Utada M, Ozasa K, Sugawara Y, et al;Research Group for the Development, Evaluation of Cancer Prevention Strategies in Japan. Impact of reproductive factors on breast cancer incidence:Pooled analysis of nine cohort studies in Japan. Cancer Med. 2021;10(6):2153-63. [PMID:33650323]