BQ10   乳癌発症リスクに関連する心理社会的要因はあるか?

ステートメント

●ストレス,ライフイベント,性格傾向と乳癌発症リスクとの関連性については結論付けることができない。

エビデンスグレード:Limited-no conclusion(証拠不十分)

背 景

 以前より,乳癌の発症には身体的要因のみならず,心理社会的要因が関与していると考えられてきた。これまで,さまざまな要因について症例対照研究やコホート研究が行われてきたが,結論は出されていない。今回,検索を行うに当たり,まず「心理社会的要因」あるいは「心理的要因」をキーワードとしてみたが,乳癌発症リスクに言及した適切な文献は得られなかった。そこで,心理社会的要因の中でも,以前より多くの研究が行われてきた「ストレス」「ライフイベント」「性格」を中心に文献検索を行い,乳癌発症リスクについて検討を行った。

解 説

 1996年1月~2021年3月の系統立った文献検索により,メタアナリシス4件,コホート研究10件の計14件を選択した。心理社会的要因の内訳は,ストレスに関するもの6件,ライフイベントに関するもの4件,性格に関するもの4件であった。

 ストレスと乳癌発症リスクに関して選択した6文献は,すべてコホート研究であった。このうち3件(ストレス内容としては,仕事上のストレス,生活上のストレス,家族介護に関わるストレス)についてはすべて対象者数が10,000人を超えたものであったが,ストレスは乳癌発症リスクを増加させないという結果であった1)~3)。他の2件のうち,1件はスウェーデンの女性1,462人を24年間追跡したものであり,ベースライン時にストレスを経験していた女性は経験していなかった女性に比べ,約2倍の乳癌発症リスク増加を示していた〔年齢調整相対リスク(RR)2.1(95%CI 1.2-3.7)〕4)。逆に残りの1件は,デンマークの6,689人の女性を対象とし,18年間追跡した結果,自覚的ストレスレベルの高い女性はストレスレベルの低い女性と比較し,乳癌発症リスクが低いことを示したものであった〔ハザード比(HR)0.60(95%CI 0.37-0.97)〕5)。2016年に報告されたコホート研究は,英国の女性106,000人を追跡したものであり,ベースライン時に持続的にストレスを経験していた女性の経験していなかった女性に対する相対リスク(RR)は0.92(95%CI 0.73-1.15)であった6)。このように,ストレスと乳癌発症リスクとの関連についての見解は一定していないが,その原因の一つとして,過度の心理的ストレスは好ましくない健康影響をもたらすが,適度な心理的ストレスは逆に人が健全に生きていくために必要なものとされるなど,ストレスの概念が一様ではなく,それに対する生体の反応も一定でないことが挙げられる。

 ライフイベント,特にストレスフルなライフイベントと乳癌発症リスクに関して選択した4件はメタアナリシスの報告であった。1件は,27文献(後ろ向き症例対照研究10件,前向き症例対照研究4件,制限のある前向きコホート研究9件,前向きコホート研究4件)をメタアナリシスした結果,配偶者の死が乳癌発症リスクと若干関連している〔オッズ比(OR)1.37(95%CI 1.10-1.71)〕以外,ライフイベントとの間には関連は認められなかった7)。他の1件は,8文献(症例対照研究6件,コホート研究2件)をメタアナリシスした結果,配偶者の死〔RR 1.04(95%CI 0.75-1.44)〕,離婚〔RR 1.03(95%CI 0.72-1.48)〕ともに乳癌発症リスクとは関連していなかった8)。2013年に報告された1件は,7文献(症例対照研究4件,コホート研究3件)をメタアナリシスした結果,“顕著な”ライフイベントは乳癌発症リスクと関連している〔OR 1.51(95%CI 1.15-1.97)〕ことを報告した9)。しかし,この7文献における相対リスクは文献によって非常に幅があり,またライフイベントの内容も特定されていないものが多い。今回採用した2018年に報告された1件は,2018年6月までに報告されたコホート研究11件をメタアナリシスした結果,ストレスフルなライフイベントはわずかに乳癌発症リスクを増加させる〔pooled RR 1.11(95%CI 1.03-1.19)〕ことを報告した10)。以上の結果より,ストレスフルなライフイベントは乳癌発症リスクを増加させる可能性はあるが,見解は一定しておらず,今後も良質なデザインによる追試が必要である。

 性格傾向と乳癌発症リスクとの関連については,1996年にBleikerらが不安,怒り,抑うつ,合理的,反感情性(感情表出の欠如)という6つの性格傾向との関連を5年間追跡調査し,反感情的な性格傾向と乳癌発症との間に弱い関連がある〔OR 1.19(95%CI 0.50-1.35)〕ことを報告11)して以降,性格傾向と乳癌発症リスクの関連についての報告はみられなかった。しかし,2008年,同じBleikerらのグループが,上記対象者を13年間追跡した結果を再度報告し,最終的に性格傾向と乳癌発症リスクとの間に関連はないと結論付けている12)。2015年には,日本人を対象としたコホート研究が報告された13)。宮城県に在住する40~64歳の15,107人の日本人女性を対象に17年間の追跡調査を行った結果,4つの性格傾向のいずれも乳癌発症リスクとの間に関連は認められなかった。今回採用した2018年に報告されたコホート研究は,3,054人のオーストラリア人女性を対象に15年間の追跡調査を行った結果,楽観主義〔OR 1.04(95%CI 0.99-1.08)〕,反感情性〔OR 0.75(95%CI 0.50-1.11)〕,怒り〔OR 1.01(95%CI 0.94-1.08)〕の性格傾向と乳癌発症との間にいずれも関連はみられなかった14)

 以上のように,心理社会的要因と乳癌発症リスクについて多くは否定的な見解が多いが,一部にはその関連を示唆するものもあり,また要因自体の吟味も十分ではないことから,「心理社会的要因の中で,乳癌発症リスクとして同定できる明らかな因子はない」といえる。

検索キーワード

 PubMedで“Breast Neoplasms”,“Breast Tumor”,“Breast Cancer”,“Socioeconomic Factors”,“Psychosocial Functioning”,“Psychology”,“Stress”,“Personality”,“Life Change Events”,“Risk”のキーワードで検索した。検索期間は2017年1月から2021年3月までとした。選択された海外文献該当89件より,タイトルと抄録により,BQに関連がないものや,明らかに抄録や総説とわかる論文,症例対照研究を除外し,新たにコホート研究1件とメタアナリシス1件を採用した。結果,2018年版の12件に,今回の2件を加えた14件を本文の解説に引用した。国内文献に採択すべき論文はなかった。

参考文献

1)Achat H, Kawachi I, Byrne C, Hankinson S, Colditz G. A prospective study of job strain and risk of breast cancer. Int J Epidemiol. 2000;29(4):622-8. [PMID:10922337]

2)Lillberg K, Verkasalo PK, Kaprio J, Teppo L, Helenius H, Koskenvuo M. Stress of daily activities and risk of breast cancer:a prospective cohort study in Finland. Int J Cancer. 2001;91(6):888-93. [PMID:11275996]

3)Kroenke CH, Hankinson SE, Schernhammer ES, Colditz GA, Kawachi I, Holmes MD. Caregiving stress, endogenous sex steroid hormone levels, and breast cancer incidence. Am J Epidemiol. 2004;159(11):1019-27. [PMID:15155286]

4)Helgesson O, Cabrera C, Lapidus L, Bengtsson C, Lissner L. Self-reported stress levels predict subsequent breast cancer in a cohort of Swedish women. Eur J Cancer Prev. 2003;12(5):377-81. [PMID:14512802]

5)Nielsen NR, Zhang Z, Kristensen TS, Netterstrøm B, Schnohr P, Grønbak M. Self reported stress and risk of breast cancer:prospective cohort study. BMJ. 2005;331(7516):548. [PMID:16103031]

6)Schoemaker MJ, Jones ME, Wright LB, Griffin J, McFadden E, Ashworth A, et al. Psychological stress, adverse life events and breast cancer incidence:a cohort investigation in 106,000 women in the United Kingdom. Breast Cancer Res. 2016;18(1):72. [PMID:27418063]

7)Duijts SF, Zeegers MP, Borne BV. The association between stressful life events and breast cancer risk:a meta-analysis. Int J Cancer. 2003;107(6):1023-9. [PMID:14601065]

8)Santos MC, Horta BL, Amaral JJ, Fernandes PF, Galvão CM, Fernandes AF. Association between stress and breast cancer in women:a meta-analysis. Cad Saude Publica. 2009;25 Suppl 3:S453-63. [PMID:20027392]

9)Lin Y, Wang C, Zhong Y, Huang X, Peng L, Shan G, et al. Striking life events associated with primary breast cancer susceptibility in women:a meta-analysis study. J Exp Clin Cancer Res. 2013;32(1):53. [PMID:23941600]

10)Bahri N, Fathi Najafi T, Homaei Shandiz F, Tohidinik HR, Khajavi A. The relation between stressful life events and breast cancer:a systematic review and meta-analysis of cohort studies. Breast Cancer Res Treat. 2019;176(1):53-61. [PMID:31004298]

11)Bleiker EM, van der Ploeg HM, Hendriks JH, Adèr HJ. Personality factors and breast cancer development:a prospective longitudinal study. J Natl Cancer Inst. 1996;88(20):1478-82. [PMID:8841023]

12)Bleiker EM, Hendriks JH, Otten JD, Verbeek AL, van der Ploeg HM. Personality factors and breast cancer risk:a 13-year follow-up. J Natl Cancer Inst. 2008:100(3):213-8. [PMID:18230799]

13)Minami Y, Hosokawa T, Nakaya N, Sugawara Y, Nishino Y, Kakugawa Y, et al. Personality and breast cancer risk and survival:the Miyagi cohort study. Breast Cancer Res Treat. 2015;150(3):675-84. [PMID:25829230]

14)Butow P, Price M, Coll J, Tucker K, Meiser B, Milne R, et al;kConFab investigators;kConFab Clinical Follow-Up investigators;kConFab psychosocial investigators. Does stress increase risk of breast cancer? A 15-year prospective study. Psychooncology. 2018;27(8):1908-14. [PMID:29677398]