FRQ4 乳癌未発症のBRCA病的バリアント保持者に対し予防的内分泌療法は勧められるか?
背 景
BRCA病的バリアントを有する乳癌患者に対し,新規乳癌発症予防のために予防的内分泌療法を強く勧めるだけのデータは現時点ではない(☞疫学・予防FRQ3参照)が,一方で,保険収載で実施されるBRCA遺伝学的検査が増えることにより,乳癌未発症のBRCA病的バリアント保持者が増加することが予想される。今回は乳癌未発症BRCA病的バリアント保持者に対する予防的内分泌療法の有効性に関して検討した。
解 説
BRCA病的バリアント保持者(未発症者)に対する予防的内分泌療法を検討した研究は1件のみと限られており,乳癌発症予防の前向きランダム化比較試験のBreast Cancer Prevention Trial(NSABP P-1 trial)の中でサブセット解析した結果のみである。NSABP P-1 trialは13,338人のハイリスク女性〔60歳以上,あるいは5年間の累積乳癌発症リスクが1.7%以上,もしくは非浸潤性小葉癌(LCIS)症例〕を対象としたタモキシフェンとプラセボとのランダム化比較試験である。平均54カ月の観察期間では,タモキシフェン服用により浸潤癌のリスクが49%,非浸潤癌の発症リスクが50%減少した。ただしタモキシフェンによる乳癌発症予防はエストロゲン受容体(ER)陽性乳癌に限定されていた1)。タモキシフェンの予防効果を検証した4つの臨床試験のメタアナリシスの結果,タモキシフェンによる乳癌発症抑制率は38%であり,ホルモン受容体発現別の検討ではER陽性乳癌の発症率を48%抑制する一方,ER陰性乳癌に対する抑制効果は認められていない(二次資料①)。
また,BRCA病的バリアント保持者の検討を行った乳癌未発症者に対する前向き予防的内分泌療法の効果を検証した研究として,P-1 trialの後ろ向き解析がある2)。P-1 trialで乳癌を発症した320人のうち,BRCA1およびBRCA2解析が可能であった288人を調査したところ,19人(6.6%)に病的バリアントが認められた。その結果,タモキシフェンはBRCA2病的バリアント保持者の乳癌発症リスクを62%減少させることが示唆されたが〔相対リスク(RR)0.38(95%CI 0.06-1.56)〕,BRCA1病的バリアント保持者には効果は認められなかった〔RR 1.67(95%CI 0.32-10.7)〕2)。しかし19人のうち,BRCA1病的バリアント保持者が8人,BRCA2病的バリアント保持者が11人と非常に少なかったこと,また信頼区間が広いこと,統計学的有意差を認めていないことから本解析の信頼性には限界がある。
またタモキシフェン以外の内分泌療法に関する研究もなく,乳癌未発症のBRCA病的バリアント保持者に対し,乳癌発症リスク低減を目的とした予防的内分泌療法に関して現時点では積極的に行うことを勧めるほどのデータはない。
現在,国内でも乳癌未発症者のBRCA2病的バリアント保持者に対するタモキシフェンの予防効果を検討する試験が実施中であり,海外ではBRCA1病的バリアント保持者を対象としてデノスマブを投与する試験が実施されている。これらの結果も待たれるところであるが,予防的内分泌療法に関してもBRCA1とBRCA2に分けた検討が必要である。
検索キーワード
PubMedで“Breast Neoplasms”,“breast cancer”,“BRCA1, 2 mutation”,“chemoprevention”,“tamoxifen”のキーワードで検索した。検索期間は2016年1月から2021年3月までとした。該当文献としてPubMed 23編,医中誌8編が抽出され,それ以外に1編の論文が追加された。
参考にした二次資料
- Cuzick J, Powles T, Veronesi U, Forbes J, Edwards R, Ashley S, et al. Overview of the main outcomes in breast-cancer prevention trials. Lancet. 2003;361(9354):296-300. [PMID:12559863]
参考文献
1)Fisher B, Costantino JP, Wickerham DL, Redmond CK, Kavanah M, Cronin WM, et al. Tamoxifen for prevention of breast cancer:report of the National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project P-1 study. J Natl Cancer Inst. 1998;90(18):1371-88. [PMID:9747868]
2)King MC, Wieand S, Hale K, Lee M, Walsh T, Owens K, et al;National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project. Tamoxifen and breast cancer incidence among women with inherited mutations in BRCA1 and BRCA2:National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project(NSABP-P1)breast cancer prevention trial. JAMA. 2001;286(18):2251-6. [PMID:11710890]