FRQ2   日本人の乳癌発症リスク評価として遺伝子多型情報を用いたモデルは有用か?

ステートメント

●日本人女性を対象に遺伝子多型情報を用いて乳癌発症リスクを評価した研究が少なく,確立したリスク評価手法はないことから,さらなるエビデンスの蓄積が求められている。

背 景

 遺伝性乳癌を除く散発性乳癌においては,遺伝素因が発癌に寄与する割合は比較的小さいといわれている。これらの遺伝素因の探索としては,2007年以降,single nucleotide polymorphisms(SNPs)をマーカーとした全ゲノム関連解析(GWAS)が盛んに行われるようになり,現時点では170前後のSNPsが乳癌発症リスクに関連することが明らかとなっている。しかし,これらのSNPsは,関連の強さがオッズ比(OR)で1.1~1.5程度と弱いものであり,多くが非翻訳領域にあり,生物学的な機能も不明なものが多い,という特徴がある。またGWAS自体が疾患に関連する候補領域をスクリーニングすることを目的としているため,その後に独立した集団による再現性の確認,さらなる領域の絞り込みと機能解析による生物学的な意義の検討が行われている。さらに,これらの遺伝子多型情報の疫学研究への応用として,他のSNPsや環境因子との交互作用の検討や,ハイリスク群を同定するためのリスク予測モデルの構築が行われている。ここでは,遺伝子多型情報を用いた乳癌発症リスク予測モデルの現状をレビューし,日本人の乳癌発症リスクの評価手法としての有用性について検討した。

解 説

 個人のリスク因子の保有状況から乳癌発症リスクを予測するモデルの一つにGailモデルがある(https://bcrisktool.cancer.gov/)。このモデルにより推計された5年間の乳癌発症リスクをもとにハイリスク群を定義し,化学予防剤の有効性評価の臨床試験が行われている。このモデルは米国の白人女性のデータをもとに開発されたが,その後,他の人種への適用性の検討や,予測に用いるリスク因子の追加が検討されている。その一環として,前述のGWASで明らかとなったSNPsを加えたモデルの検討が行われている。

 Gailは,Breast Cancer Risk Assessment Tool(Gail model 2:初経年齢,初産年齢,第一親等の乳癌家族歴,生検回数)にGWASで同定された7 SNPsを加えarea under the curve(AUC)でモデルの識別能(予測能)を評価した結果を2008年に発表している1)。結果は,0.607から0.632と改善がみられたものの,これはマンモグラフィの密度所見を加えたときの改善度(0.596から0.643)より小さいものであった。その後,AUC以外の観点からの評価を行ったが,遺伝子多型情報を加えることの意義は小さいと報告している2)

 2010年にWacholderらは,米国の4つのコホート研究およびポーランドの症例対照研究における50~79歳の対象者(症例5,590人,対照5,998人)のデータを用いた結果を報告している3)。Gailモデルに含まれる因子を用いたモデル,さらにGWASで同定された10 SNPsを加えたモデルを構築し,その識別能をAUCで評価した結果,遺伝子多型を加えることにより0.58から0.618の改善がみられた3)。また同時期に閉経後の非ヒスパニック系の白人女性を対象とした米国のコホート研究(症例1,664人,対照1,636人)においても同様の検討がなされている4)。前述のGail model 2の因子によるモデルではAUCが0.557であったが,GWASで同定された7 SNPsを加えたモデルでは0.594であった。また5年間の乳癌発症確率を1.5%未満,1.5~2.0%まで,2.0%以上と群分けしたときのnet reclassification improvement(NRI)は0.085であり,遺伝子多型を加えることにより有意な改善がみられた。

 2012年には,50~74歳のスウェーデン人を対象とした症例対照研究(症例856人,対照1,017人)のデータに基づく検討結果が発表された5)。前述のGailモデルの4つの因子について,定義を若干変更して作成したモデルではAUCが0.552であったが,これにbody mass index(BMI)とマンモグラフィの密度所見を加えた場合が0.571,さらに18 SNPsを加えたモデルでは0.619であった。また5年間の乳癌発症確率を2.41%未満,2.41~4.11%まで,4.11%以上と群分けしたときのNRIは0.170であり,遺伝子多型を加えることにより有意な改善がみられた。

 このようなGailモデルをはじめとする既存モデルの改良を試みた研究以外に,新たにゲノム情報を用いてリスク予測モデルを構築する試みもなされている。ここでも,先行するGWASで同定されたSNPsからモデルに投入するSNPsを選択することが多いが,GWASの報告数の増加に伴い,利用可能なSNPsの情報も増加している。2015年には,これまでにGWASで同定された77 SNPsの情報を用いた予測モデルが報告された6)。Mavaddatらは,Breast Cancer Association Consortium(BCAC)のデータ(乳癌33,673人とコントロール群33,381人)を用いて,77 SNPsの情報を用いた遺伝的リスクスコア(アレルあたりのORの対数で重み付けしたリスクアレル数の和)を作成し,年齢および第1度近親者の乳癌家族歴の3つの変数を用いて予測モデルを構築したところ,その識別能であるc統計量は0.622(95%CI 0.619-0.627)であった。このモデルでは生理・生殖因子や生活習慣の情報が考慮されていないが,年齢,家族歴,遺伝子多型情報の3変数で,Gailモデルなどの既存モデルと同等の識別能がみられた点は興味深い。

 このようにGWASにより同定されたSNPs・バリアントを用いた遺伝的リスクスコアによる予測モデルに加えて,近年では,ゲノムワイド有意水準(p<5×10-8)に満たないSNPs・バリアントを組み込んだpolygenic risk score(PRS)による予測モデルの構築が行われ,さらなる予測性能向上が示唆されている。2018年にKheraらは,5,218のバリアントによるPRSを構築し,UK biobankのデータで検証したところ,1 SD(standard deviation)当たりのORが1.56(95%CI 1.49-1.62),c統計量が0.685と報告している7)。また2019年にMavaddatらは,BCACの欧州系の対象者(乳癌94,075人とコントロール群75,017人)のデータを用いて313 SNPsによるPRSを構築し,10件の前向きコホート研究のデータ(乳癌11,428人とコントロール群18,323人)で検証した結果を報告している8)。10件の前向きコホート研究における解析では,313 SNPsによるPRSの1 SDあたりのORは1.61(95%CI 1.57-1.65),c統計量が0.630であった。以前に報告した77 SNPsによるPRSについても同様の解析をしたところ,1 SDあたりのORは1.46(95%CI 1.42-1.49),c統計量が0.603であり,313 SNPsによるPRSの優位性を報告している。

 アジア人を対象とした研究として,25~64歳の中国人女性を対象とした症例対照研究(症例3,039人,対照3,082人)に基づく結果が2010年に発表になった9)。Gailモデルは白人女性を対象に作成されたものであり,またアジア人を対象としたモデルもないことから,モデルに投入する環境因子の選択から実施した。その結果,初経年齢,初産年齢,乳癌家族歴,ウエストヒップ比(WHR),良性乳腺疾患の既往が選択され,これらの因子によるモデルのAUCは0.6178であった。遺伝子多型はGWASで同定された11 SNPsについて,中国人でも再現性が確認できた8 SNPsを前述のモデルに加えたところ,AUCは0.6295であった。

 2012年には,日本人を対象とした症例対照研究(症例697人,対照1,394人)に基づくモデルの報告があった10)。この研究では,年齢,初経年齢,閉経状況,乳癌家族歴,初産年齢,BMI,身体活動,受診理由についてモデルに投入した場合のAUCは0.665であった。遺伝子多型はGWASで同定された23 SNPsについて,日本人での再現性が確認できた7 SNPsを前述のモデルに加えたところ,AUCは0.693であった。

 2020年にHoらは,欧州人データに基づき作成された313 SNPsによるPRSをアジア人に適用した結果を報告している11)。10件のアジア人を対象とした症例対照研究のデータ(乳癌15,755人とコントロール群16,483人)において,インピュテーションスコアが低いSNPsを除いた287 SNPsによるPRSの1 SDあたりのORは1.52(95%CI 1.49-1.56),c統計量が0.613であった。ORとc統計量は,欧州人対象の結果よりもやや劣るものであったが,欧州人データに基づき作成されたPRSはアジア人のリスク予測においても機能するとの解釈であった。

 このように,Gailモデルや既知のリスク因子をもとにしたモデルに遺伝子多型情報を加えモデルの向上を検討した研究の報告があるが,いずれもAUCの大きな改善はみられていない。一方,近年ではゲノムワイド有意水準に満たないSNPs・バリアントを組み込んだPRSによるリスク予測モデルの構築が行われ,その有用性を指摘する報告がある。しかし,リスク予測モデルの評価にAUCを用いることの是非に関する議論もあり,最近ではNRIなどの新しい指標も検討されているが,まだその解釈について一定の見解があるとはいえない。いずれにしても従来のモデルは問診や自記式アンケート等で簡便に評価した情報に基づきリスクの算出が可能であるが,遺伝子多型情報を用いる場合は,DNAの採取からタイピングまでの費用と負担がかかるため,これに見合う情報が得られるかは重要な点である。

 乳癌の罹患率は国や地域により大きく異なり,またリスク因子の分布やその影響も異なる。したがって絶対リスクの予測を目的としたモデル構築においては,その対象集団に適したモデルを構築することが重要である。その点において,日本人を対象とした研究は貴重であるが,まだエビデンスに乏しく一定の評価をするまでには至っていない。また冒頭に記したように現時点では,170前後のSNPsがGWASにより明らかになっているが,これらのSNPsを考慮したモデル構築やゲノムワイド有意水準に満たないSNPs・バリアントを用いたPRSによるモデル構築の試み,さらに人種ごとの再現性の確認等,課題は多い。

検索キーワード

 PubMedで“Breast Neoplasms”,“Single Nucleotide Polymorphisms”,“Prediction Model”のキーワードで検索した。検索期間を2014年10月から20121年3月までとした。さらにハンドサーチも実施した。

参考文献

1)Gail MH. Discriminatory accuracy from single-nucleotide polymorphisms in models to predict breast cancer risk. J Natl Cancer Inst. 2008;100(14):1037-41. [PMID:18612136]

2)Gail MH. Value of adding single-nucleotide polymorphism genotypes to a breast cancer risk model. J Natl Cancer Inst. 2009;101(13):959-63. [PMID:19535781]

3)Wacholder S, Hartge P, Prentice R, Garcia-Closas M, Feigelson HS, Diver WR, et al. Performance of common genetic variants in breast-cancer risk models. N Engl J Med. 2010;362(11):986-93. [PMID:20237344]

4)Mealiffe ME, Stokowski RP, Rhees BK, Prentice RL, Pettinger M, Hinds DA. Assessment of clinical validity of a breast cancer risk model combining genetic and clinical information. J Natl Cancer Inst. 2010;102(21):1618-27. [PMID:20956782]

5)Darabi H, Czene K, Zhao W, Liu J, Hall P, Humphreys K. Breast cancer risk prediction and individualised screening based on common genetic variation and breast density measurement. Breast Cancer Res. 2012;14(1):R25. [PMID:22314178]

6)Mavaddat N, Pharoah PD, Michailidou K, Tyrer J, Brook MN, Bolla MK, et al. Prediction of breast cancer risk based on profiling with common genetic variants. J Natl Cancer Inst. 2015;107(5):djv036. [PMID:25855707]

7)Khera AV, Chaffin M, Aragam KG, Haas ME, Roselli C, Choi SH, et al. Genome-wide polygenic scores for common diseases identify individuals with risk equivalent to monogenic mutations. Nat Genet. 2018;50(9):1219-24. [PMID:30104762]

8)Mavaddat N, Michailidou K, Dennis J, Lush M, Fachal L, Lee A, et al. Polygenic risk scores for prediction of breast cancer and breast cancer subtypes. Am J Hum Genet. 2019;104(1):21-34. [PMID:30554720]

9)Zheng W, Wen W, Gao YT, Shyr Y, Zheng Y, Long J, et al. Genetic and clinical predictors for breast cancer risk assessment and stratification among Chinese women. J Natl Cancer Inst. 2010;102(13):972-81. [PMID:20484103]

10)Sueta A, Ito H, Kawase T, Hirose K, Hosono S, Yatabe Y, et al. A genetic risk predictor for breast cancer using a combination of low-penetrance polymorphisms in a Japanese population. Breast Cancer Res Treat. 2012;132(2):711-21. [PMID:22160591]

11)Ho WK, Tan MM, Mavaddat N, Tai MC, Mariapun S, Li J, et al. European polygenic risk score for prediction of breast cancer shows similar performance in Asian women. Nat Commun. 2020;11(1):3833. [PMID:32737321]