FRQ1   不妊治療における排卵誘発は乳癌発症リスクを増加させるか?

ステートメント

●海外の検討では排卵誘発は乳癌発症リスクを増加させてはいないが,今後,日本人での検討が望まれる。

背 景

 現代社会,特に先進国においてはライフスタイルの変化や女性の社会進出等に伴う晩婚化や少産少子化が進んでいる状況を背景として,挙児希望に対する治療件数が増加しており,日本では夫婦全体の5.5組に1組が不妊治療を受けたことがある,もしくは不妊治療を受けているという現状にある。不妊治療,特に体外受精-胚移植(IVF-ET)等の生殖補助医療(ART)においては排卵を促すためのホルモン剤を中心とした排卵誘発剤が用いられるが,排卵誘発はエストロゲンレベルを上昇させるため,乳癌発症リスクの増加が危惧される。

解 説

 2016年に発表されたAmerican Society for Reproductive Medicine(ASRM,アメリカ生殖医学会)のガイドラインでは,「不妊治療に用いられる薬剤は乳癌リスク増加に関連していないという適正なエビデンスがある」とされているが(二次資料①),近年の報告はこれを支持するものである。

 不妊治療や排卵誘発と乳癌リスクの関連については,2021年に2つのメタアナリシスが発表されている。2019年12月までに発表された19論文のメタアナリシスでは,不妊治療をしていない女性をコントロールとして,不妊治療施行女性のオッズ比(OR)は0.86(95%CI 0.73-1.01)と有意な変化を認めていなかった(図1)。治療法別ではクロミフェン(CC)投与,ヒト下垂体性腺刺激ホルモン(hMG)投与,CC+hMG投与,ゴナドトロピン(Gn)投与,IVF-ET施行のいずれにおいても同様に有意なリスクの増加は認めてはおらず,逆にhMG投与,IVF-ET施行ではそれぞれOR 0.44(95%CI 0.20-0.98),OR 0.75(95%CI 0.61-0.92)と有意な減少を認めていた1)。同様に,1990~2020年1月までに発表された20論文のメタアナリシスにおいても,CC投与,Gn投与,CC+Gn投与はいずれも乳癌リスクの有意な変化を示していなかった2)。また,2019年に報告された81論文のシステマティック・レビューでも,不妊治療に用いられる薬剤での乳癌リスク増加は認められないと結論付けており3),2018年に報告された95論文のシステマティック・レビューにおいてもARTは乳癌リスクに関連しないとしている4)

 さらに,乳癌リスクが高いBRCA1/2病的バリアントを有する女性のオランダにおける登録データにおいても,IVF-ETにおける卵巣刺激による乳癌リスクはハザード比(HR)0.79(95%CI 0.46-1.36)と増加してはいなかった5)

 一方,英国における1991~2010年までにARTを受けた25万人強の女性を225万人・年フォローした検討においては,非浸潤性乳癌では標準化罹患比(SIR)1.40(95%CI 1.24-1.58)と低いながらも有意な増加を認めていたが,乳癌全体,浸潤性乳癌では有意差が認められなかった6)

 以上のことから,不妊治療における排卵誘発は乳癌発症リスクを増加させないと考えられる。しかしながら,日本における報告は検索されない。今後,日本人での検討が望まれる。

検索キーワード

 PubMedで“Breast Neoplasms”,“Ovulation induction”,“Reproductive Techniques, Assisted”,“Fertilization in Vitro”,“Fertility agents”,“Infertility”のキーワードで,また医中誌で乳房腫瘍,生殖補助技術,排卵誘発,体外受精,妊娠促進剤,不妊症,“不妊治療,生殖医療,排卵誘発”のキーワードで検索した。検索期間は2016年1月から2021年3月までとした。該当文献としてPubMed 381件,Cochrane 125件,医中誌156件の計662件およびその参考文献から論文をリストアップした。原文査読により一次資料として6件,二次資料として1件,合計7件の文献を選択し,引用した。

参考にした二次資料
  1. Practice Committee of the American Society for Reproductive Medicine. Electronic address:ASRMasrm.org;Practice Committee of the American Society for Reproductive Medicine. Fertility drugs and cancer:a guideline. Fertil Steril. 2016;106(7):1617-26. [PMID:27573989]
参考文献

1)Barcroft JF, Galazis N, Jones BP, Getreu N, Bracewell-Milnes T, Grewal KJ, et al. Fertility treatment and cancers-the eternal conundrum:a systematic review and meta-analysis. Hum Reprod. 2021;36(4):1093-107. [PMID:33586777]

2)Beebeejaun Y, Athithan A, Copeland TP, Kamath MS, Sarris I, Sunkara SK. Risk of breast cancer in women treated with ovarian stimulation drugs for infertility:a systematic review and meta-analysis. Fertil Steril. 2021;116(1):198-207. [PMID:34148584]

3)Momenimovahed Z, Taheri S, Tiznobaik A, Salehiniya H. Do the fertility drugs increase the risk of cancer? A Review Study. Front Endocrinol(Lausanne). 2019;10:313. [PMID:31191449]

4)Del Pup L, Peccatori FA, Levi-Setti PE, Codacci-Pisanelli G, Patrizio P. Risk of cancer after assisted reproduction:a review of the available evidences and guidance to fertility counselors. Eur Rev Med Pharmacol Sci. 2018;22(22):8042-59. [PMID:30536354]

5)Derks-Smeets IAP, Schrijver LH, de Die-Smulders CEM, Tjan-Heijnen VCG, van Golde RJT, Smits LJ, et al. Ovarian stimulation for IVF and risk of primary breast cancer in BRCA1/2 mutation carriers. Br J Cancer. 2018;119(3):357-63. [PMID:29937543]

6)Williams CL, Jones ME, Swerdlow AJ, Botting BJ, Davies MC, Jacobs I, et al. Risks of ovarian, breast, and corpus uteri cancer in women treated with assisted reproductive technology in Great Britain, 1991-2010:data linkage study including 2.2 million person years of observation. BMJ. 2018;362:k2644. [PMID:29997145]