BQ9    夜間勤務は乳癌発症リスクを増加させるか?

ステートメント

●夜間勤務は乳癌発症リスクを増加させる可能性がある。

エビデンスグレード:Limited-suggestive(可能性あり)

背 景

 乳癌は一般的に西洋化の進んだ地域での発症率が高いため,疫学研究では食や生活習慣の西洋化に焦点が当てられ,乳癌との関連が疑われるさまざまな因子が取り上げられてきた。西洋化の一面として,夜間業務に携わる女性が増加してきたのは事実であり,女性のサーカディアンリズムの変化や夜間の電光曝露が関連性のあるリスクとして注目されてきた。
 その理論的な根拠となったのは,1978年Cohenらによる松果体と乳癌との関連性についての報告,さらに1987年にStevensが報告した“melatonin hypothesis(メラトニン仮説)”である。Stevensはメラトニンと乳癌の関連性についてさまざまな実験報告をレビューし,電磁波や夜間の電光曝露によるメラトニン減少が内因性女性ホルモンの上昇や免疫系等に影響し,乳癌の発症率を増加させているのではないかと報告した。また,全盲女性における乳癌発症率の低値は,メラトニン仮説を裏付ける疫学的根拠となった。以後,この仮説を検証すべく夜間の電光曝露,あるいは夜間勤務と乳癌発症との関連性についていくつかの疫学研究が行われている。

解 説

 2019年6月,International Agency for Research on Cancer(IARC,国際がん研究機関)はフランスのリヨンにおいて,16カ国27名の科学者からなるワーキンググループによる会合を開き,2020年に発癌と夜間勤務に関するモノグラフを公表し,2010年と同様に夜間勤務をGroup 2A(probably carcinogenic to humans:ヒトに対しておそらく発癌性がある)に分類している。これによると,最も多くの有益な研究が乳癌を調査しており,数件は前立腺癌および大腸癌を調査していたが,他の癌については調査されたものは少なかった。本ワーキングにおいて検討された乳癌に関する研究報告は,17件がコホート研究(ネステッド症例対照研究を含む),14件が症例対照研究,4件がメタアナリシスである。

 17件のコホート研究のうち,欧州諸国で13件,中国で2件,米国で2件が実施されている。結果として,一般集団内の大規模コホートを含む多くのコホート研究では,乳癌の発症と夜勤の有無または夜勤時間の延長との間に正の相関は認められなかった。一方でワーキンググループは,小規模であったりデータの不足がある等,研究デザイン上の問題点を指摘している。夜間勤務と乳癌発生の関連を示した研究に,広範な年齢範囲にわたって乳癌リスクを評価した大規模コホート研究であるNurses’ Health Study(NHS)Ⅱ試験がある。乳癌発症のない115,022人の看護師を対象として12年間の経過観察を行った結果,全く夜間勤務に従事しなかった女性と比較して,夜間勤務に20年以上従事した女性の相対リスク(RR)は1.79(95%CI 1.06-3.01)であった1)。有意な関連は,デンマークのネステッド症例対照研究2)〔n=58,091,オッズ比(OR)1.8,95%CI 1.2-2.8〕やスウェーデンコホート3)(n=4,036,RR 20.2,95%CI 1.03-3.95)でもみられている。

 夜間勤務と乳癌との関連に関する最も強力な証拠は,集団ベースの症例対照研究により提供されている。5カ国からの6,000例以上の乳癌症例(n=6,093)および対照(n=6,933)を含む最大規模の症例対照研究では,夜間勤務をしたことのある女性の乳癌のORが夜間勤務をしなかった女性の1.12(95%CI 1.00-1.25)であり,特に閉経前女性において夜間勤務と乳癌リスクの間に正の関連のエビデンスを提供した〔OR 1.26(95%CI 1.06-1.51)〕3)

 ワーキンググループが選択した4件のメタアナリシスの中の最も新しい報告では,2018年5月までに発表された男女を対象とした前向き・後ろ向き研究を対象とし,夜間勤務とあらゆる癌のリスクに関するデータを統合し,乳癌の結果をサブグループ解析に含めた4)。37件の研究の結果に基づくと,女性夜間勤務者の乳癌のRRは1.22(95%CI 1.08-1.38)であった。

 2019年のIARCによる検討以降も,2件のコホート研究,4件の症例対照研究,1件のシステマティック・レビュー,1件のメタアナリシスが報告された。2019年に報告された英国で行われたコホート研究では,16歳以上の女性102,869人を対象として9.5年間の経過観察を行った。その結果,夜間勤務者のRRは1.00(95%CI 0.86-1.15)であった4)。2021年に報告されたポーランドで行われた症例対照研究では,35歳以上の女性乳癌患者494人と非乳癌の女性515人を比較した結果,夜間勤務を行ったことがある者のない者に対するORは2.61(95%CI 1.94-3.53)であった5)。2021年に報告されたメタアナリシスは,特に夜間勤務の長さと乳癌リスクとの関連を検討している。26件,1,313,348人を対象としたメタアナリシスでは,10年未満の夜間勤務者のRRは1.13(95%CI 1.03-1.24),10年以上の夜間勤務者のRRは1.08(95%CI 0.99-1.17)であり,夜勤の従事期間が短いほどリスクが増加する傾向を示した6)

 以上より,これまでの研究の結果では夜間勤務が乳癌発症リスクを増加させることを示す一定の傾向が認められるが,結果にはまだばらつきがある。

検索キーワード

 PubMedで“Breast Neoplasms”,“Breast Tumor”,“Breast Cancer”,“Circadian Rhythm”,“Work Schedule Tolerance”,“Shift Work Schedule”,“Night Work”,“Night Shift”,“Shift Work”,“Risk”のキーワードで検索した。新たな検索期間は2019年1月から2021年3月までとした。選択された海外文献該当58件より,タイトルと抄録により,BQに関連がないものや,明らかに抄録や総説とわかる論文を除き8件を選択し,このうちコホート研究1件,症例対照研究1件,メタアナリシス1件を採用した。今回の3件を加えた6件を本文の解説に引用した。国内文献に採択すべき文献はなかった。

参考にした二次資料
  1. World Health Organization/International Agency for Research on Cancer. Night Shift Work. IARC Monographs on the Identification of Carcinogenic Hazards to Humans Vol. 124. IARC, Lyon, France, 2020.
参考文献

1)Schernhammer ES, Kroenke CH, Laden F, Hankinson SE. Night work and risk of breast cancer. Epidemiology. 2006;17(1):108-11. [PMID:16357603]

2)Hansen J, Stevens RG. Case-control study of shift-work and breast cancer risk in Danish nurses:impact of shift systems. Eur J Cancer. 2012;48(11):1722-9. [PMID:21852111]

3)Knutsson A, Alfredsson L, Karlsson B, Åkerstedt T, Fransson EI, Westerholm P, et al. Breast cancer among shift workers:results of the WOLF longitudinal cohort study. Scand J Work Environ Health. 2013;39(2):170-7. [PMID:23007867]

4)Jones ME, Schoemaker MJ, McFadden EC, Wright LB, Johns LE, Swerdlow AJ. Night shift work and risk of breast cancer in women:the Generations Study cohort. Br J Cancer. 2019;121(2):172-9. [PMID:31138896]

5)Szkiela M, Kusideł E, Makowiec-Dąbrowska T, Kaleta D. How the intensity of night shift work affects breast cancer risk. Int J Environ Res Public Health. 2021;18(9):4570. [PMID:33925799]

6)Manouchehri E, Taghipour A, Ghavami V, Ebadi A, Homaei F, Latifnejad Roudsari R. Night-shift work duration and breast cancer risk:an updated systematic review and meta-analysis. BMC Womens Health. 2021;21(1):89. [PMID:33653334]