BQ2 喫煙(受動喫煙含む)は乳癌発症リスクを増加させるか?
背 景
たばこの煙には,約60種類の発癌物質が含まれており,International Atomic Energy Agency(IARC,国際がん研究機関)における発癌性評価において,肺癌をはじめ多くの部位の癌に対して「発癌性あり」と評価されている。ここでは,喫煙と受動喫煙に関して因果関係評価の現状を概説する。さらに,近年,普及が進んでいる新型タバコの健康影響についても言及する。
解 説
1)喫 煙
国際的な因果関係評価として,IARCのヒトの癌に対する発癌性評価に関する2004年の報告書では,乳癌について「喫煙による発癌性を示唆する証拠はない」と判定されていた(二次資料①)。これは,主に2002年に発表された53件の疫学研究のメタアナリシスにおいて,非喫煙者に対する喫煙者の相対リスク(RR)が1.03(95%CI 0.98-1.07)と関連が認めなられなかったことによる1)。
その後,2009年には,喫煙と乳癌の関連に関するこれまでのエビデンスに基づき,専門委員会による再評価が行われ,オンタリオタバコ研究部門の報告書として出版された(二次資料②)。この報告書では,喫煙期間あるいはpack-years〔(1日の喫煙本数×喫煙年数)/20〕との関連を検討した11件のコホート研究を重視し,うち8件でリスク増加を観察していること,さらにタバコ中の発癌物質である芳香族アミンの代謝に関与するNAT2の多型との交互作用を検討したメタアナリシスにおいて,rapid acetylatorsでは関連がみられず,slow acetylatorsに限ってリスク増加がみられるという遺伝環境交互作用が示された点2)を考慮して,喫煙と乳癌の間には因果関係ありと結論している。また2012年のIARCの発癌性評価においても,「発癌性を示唆する証拠はない」から「限定的な証拠あり」に格上げされた(二次資料③)。
最近のエビデンスとして,約32万人の女性を対象にした欧州の大規模コホート研究(9,822症例に基づく解析)では,非喫煙者に対する喫煙者のRRが1.06(95%CI 1.01-1.10)であった3)。特に現喫煙者においては,喫煙期間が30年以上の群のRRが1.09(95%CI 1.02-1.17),生涯のpack-yearsが20以上の群のRRが1.11(95%CI 1.02-1.22)と有意に高く,特に曝露期間および曝露量が多い群でのリスク増加が顕著であった。また2015年3月までに出版された論文(コホート研究27件と症例対照研究44件)のメタアナリシスでは,非喫煙者に対する喫煙者のRRは1.09(95%CI 1.06-1.12)であり,研究デザインによらず有意な結果であった4)。
一方,日本人を対象としたエビデンスに基づく評価として,厚生労働省研究班(現在は国立がん研究センターの研究開発費による研究班)が実施した日本人を対象とする疫学研究のレビューが,2006年6月に報告された5)。本研究では,MEDLINEを用いた文献検索により,1996~2005年に出版されたコホート研究3件と症例対照研究8件を選択した。その結果,3件のコホート研究のうち1件で,非喫煙者に対し喫煙者で1.7倍の発症リスク増加を認めたが,他の2件では関連を認めなかった。また,8件の症例対照研究のうち4件で喫煙による発症リスク増加を認めたが,他の4件ではリスク増加を認めなかった。これらの結果に基づき,本研究は,日本人女性では喫煙により乳癌発症リスクが増加する可能性があると結論している。なお,本研究の詳細は,研究班のウェブサイトで参照できる(http://epi.ncc.go.jp/can_prev/evaluation/787.html)。
6件のコホート研究のプール解析に基づき,前述のNAT2の多型と喫煙の間の交互作用を否定する結果が2011年に発表され,交互作用の解釈については注意が必要であることが再認識された6)。しかし,本項においてはオンタリオタバコ研究部門およびIARCの報告書の発表後もこれを否定する報告がないことに加え,2014年の米国公衆衛生総監報告書(Surgeon General Report)においても因果関係を推定するのに十分とはいえないが,それを示唆するエビデンスがあると評価されていることから(二次資料④),喫煙により乳癌発症リスクが増加することはほぼ確実であるとした。
2)受動喫煙
受動喫煙について,前述の2004年のIARCの報告書において発癌性がありと評価されたのは肺癌のみであった(二次資料①)。しかし,2007年には米国カリフォルニアの環境保護庁が,2005年初期までにMEDLINEに公表された19件(うち閉経前を対象としたものが14件)の論文をもとに,受動喫煙と乳癌についてメタアナリシスを行った。その結果,閉経前の非喫煙女性における受動喫煙なしに対するありのRRが1.68(95%CI 1.31-2.15)であり,これに基づき閉経前女性の乳癌と受動喫煙の間に因果関係ありと結論している7)。また,2008年までの公表論文25件(コホート研究8件,症例対照研究17件)に基づくメタアナリシスでは,受動喫煙なしに対するありのRRが,コホート研究では0.99(95%CI 0.93-1.05),症例対照研究では1.21(95%CI 1.11-1.32)であった。研究デザインによって結果が異なる点について,著者らは,症例対照研究における思い出しバイアスが結果に影響している点は否定できないとしている8)。このような状況を受け,2012年のIARCの報告書では,十分なエビデンスはないと評価されている(二次資料③)。
さらに最近では,約18万人の女性を対象にした欧州の大規模コホート研究(6,264症例に基づく解析)では,非喫煙女性における受動喫煙なしに対するありのRRが1.10(95%CI 1.01-1.20)と有意なリスク増加が認められている3)。また2015年3月までに出版された論文(コホート研究11件と症例対照研究20件)のメタアナリシスでは,受動喫煙なしに対するありのRRが1.20(95%CI 1.07-1.33)であり,研究デザインによらず有意な結果であった4)。
日本人を対象としたエビデンスについては,前述の研究班の評価によると,2016年8月の時点でコホート研究5件中3件と症例対照研究2件中1件において,受動喫煙なしに対するありの群のリスク増加がみられることから,日本人女性では受動喫煙により乳癌発症リスクが増加する可能性があると結論している(http://epi.ncc.go.jp/cgi-bin/cms/public/index.cgi/nccepi/can_prev/outcome/index)。
このように受動喫煙に関しては,必ずしもエビデンスの評価は一致していない。2012年のIARCの報告書のような慎重な評価もあるが,本項では,米国カリフォルニアの環境保護庁の報告では閉経前女性について因果関係ありと結論していること,2014年の米国公衆衛生総監報告書(Surgeon General Report)においても因果関係を推定するのに十分とはいえないが,それを示唆するエビデンスがあると評価されていること(二次資料④),さらに最新のメタアナリシスの結果を考慮し,受動喫煙により乳癌発症リスクが増加する可能性があると判断した。
3)新型タバコ
新型タバコには,タバコ葉を加熱する加熱式タバコと香料を含む液体を加熱する電子タバコがある。海外では,電子タバコに用いる液体にニコチンが添加されているものも少なくないが,わが国ではニコチン入りの電子タバコは「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(医薬品医療機器等法)」により販売が禁止されている。一方,加熱式タバコは,たばこ事業法に基づくタバコ製品であり,わが国では2014年より流通するようになった。このように新型タバコの出現から日が浅く,科学的知見も限られるが,加熱式タバコの主流煙からは,従来の紙巻きタバコと同程度のニコチンが検出され,また量は少ないもののタバコ特異的ニトロソアミン,ホルムアルデヒド,アセトアルデヒド等の有害物質が検出されたとの報告がある9)10)。また,加熱式タバコの使用者の呼気からはエアロゾルが呼出されることが確認されており,室内の空気を汚染することが指摘されている11)。このように一部の有害物質は軽減されているが,現状において,これが健康リスクを低減させるかどうかについての直接的なエビデンスや新型タバコとがん罹患リスクとの関連を検討した研究はない。しかし,世界保健機関(WHO)は,「タバコ葉を含む全てのタバコ製品は有害であり,加熱式タバコも例外ではない」との見解を示しており,疾病予防の観点から,新型タバコを含め「タバコは吸わない」,「他人のタバコの煙を避ける」ことが重要である。
検索キーワード
PubMedで“Breast Neoplasms”,“Tobacco Smoke Pollution”,“Smoking”,“passive smoking”,“secondhand smoke”,“secondhand smoking”,“Risk”のキーワードと同義語で検索した。検索期間は2014年10月から2021年3月までとした。さらにハンドサーチも実施した。
参考にした二次資料
- IARC Working Group on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans. Tobacco smoke and involuntary smoking. IARC Monogr Eval Carcinog Risks Hum. 2004;83:1-1438. [PMID:15285078]
- Collishaw NE(Chair), Boyd NF, Cantor KP, Hammond SK, Johnson KC, Millar J, et al. Canadian Expert Panel on Tobacco Smoke and Breast Cancer Risk. Toronto, Canada:Ontario Tobacco Research Unit, OTRU Special Report Series, April 2009. https://otru.org/wpcontent/uploads/2012/06/expert_panel_tobacco_breast_cancer.pdf(アクセス日:2022/4/18)
- IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans. Volume 100E:Personal habits and indoor combustions. IARC Lyon, 2012.
- National Center for Chronic Disease Prevention and Health Promotion(US)Office on Smoking and Health. The health consequences of smoking―50 years of progress:a report of the surgeon general. Atlanta(GA):Centers for Disease Control and Prevention(US);2014. [PMID:24455788]
参考文献
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2)Ambrosone CB, Kropp S, Yang J, Yao S, Shields PG, Chang-Claude J. Cigarette smoking, N-acetyltransferase 2 genotypes, and breast cancer risk:pooled analysis and meta-analysis. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2008;17(1):15-26. [PMID:18187392]
3)Dossus L, Boutron-Ruault MC, Kaaks R, Gram IT, Vilier A, Fervers B, et al. Active and passive cigarette smoking and breast cancer risk:results from the EPIC cohort. Int J Cancer. 2014;134(8):1871-88. [PMID:24590452]
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5)Nagata C, Mizoue T, Tanaka K, Tsuji I, Wakai K, Inoue M, et al;Research Group for the Development and Evaluation of Cancer Prevention Strategies in Japan. Tobacco smoking and breast cancer risk:an evaluation based on a systematic review of epidemiological evidence among the Japanese population. Jpn J Clin Oncol. 2006;36(6):387-94. [PMID:16766567]
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10)Uchiyama S, Noguchi M, Takagi N, Hayashida H, Inaba Y, Ogura H, et al. Simple determination of gaseous and particulate compounds generated from heated tobacco products. Chem Res Toxicol. 2018;31(7):585-93. [PMID:29863851]
11)日本で製造タバコとして販売されている加熱式タバコ.産業医科大学産業生態科学研究所.大和 浩.http://www.tobacco-control.jp/heat_not_burn.htm(アクセス日:2022/4/18)