BQ13 乳癌家族歴は乳癌発症のリスク因子となるか?
背 景
乳癌のリスク因子として,初潮年齢が早い,閉経が遅い,出産経験がない,等とともに乳癌の家族歴が古くから指摘されてきた。これは乳癌の発症に遺伝的な素因が関与していることを示唆している。
多くの疫学研究により,乳癌家族歴が乳癌発症のリスク因子となることが報告されてきた。しかし,家族内の乳癌罹患者との関係や人数,発症年齢等により,乳癌発症リスクが異なることを系統的に検討した報告は少ない。
近年,わが国においても遺伝性乳癌が注目されるようになってきた。それとともに,乳癌診療に従事する医療者は,日常臨床においてより正確な乳癌発症リスクを評価し,適切なアドバイスを提供することが求められるようになっている。
ここでは,乳癌発症リスクに関する多数の疫学研究を系統的に検討した論文を検証し,乳癌家族歴が乳癌発症リスクに及ぼす影響について概説する。
解 説
1997年,Pharoahらは52件の症例対照研究と22件のコホート研究をメタアナリシスした結果,乳癌罹患者との関係や人数,発症年齢と相対リスク(RR)との関係を以下のように報告している1)。
1)血縁者(特に「母親」あるいは「娘」等に特定しない)に乳癌罹患者がある場合
26件の報告があり,1件を除いてすべて有意な相関を認めている。また,プール解析によるRRは1.9(95%CI 1.7-2.0)であった。
2)第1度近親者(親,姉妹,子)に乳癌罹患者がある場合
38件の報告があり,そのRRは1.2~8.8であった。また,プール解析によるRRは2.1(95%CI 2.0-2.2)であった。
血縁者の診断時の年齢については,若いときに乳癌に罹患しているほどリスクが増加するとした論文が5件中4件であった。一方,患者の年齢による乳癌発症リスクへの影響について11論文で検討されていたが,一定の結果は得られていない。さらに患者の年齢と血縁者の年齢の関係を検討した論文が4件あったが,そのうち3件で血縁者も患者も若いほどリスクが増加すると報告されていた。
3)母親が乳癌罹患者の場合
18件の報告があり,そのすべてでRRの増加(1.3~8.2)が認められた。プール解析によるRRは2.0(95%CI 1.8-2.1)であった。
母親の乳癌診断時の年齢が娘の乳癌発症リスクに及ぼす影響について検討した論文が5件あったが,一定の結果は得られていない。また,患者(娘)の年齢について検討した論文が8件あり,5件では影響がなく,3件では患者の年齢が若いほどリスクが増加するとされていた。また,2件の論文では母親と娘両方の年齢について検討を加えていたが,どちらの論文でも,母親が若い時期に乳癌にかかり,しかも娘が若いほどリスクが増加すると報告されていた。
4)姉妹が乳癌罹患者の場合
22件の論文が抽出され,姉妹が乳癌の場合のRRはほとんどの報告で2~3の間であった。また,プール解析によるRRは2.3(95%CI 2.1-2.3)であった。
姉妹が若いときに乳癌に罹患すると患者のリスクがより増加することが2つの研究で示されている。また乳癌患者では姉妹が乳癌に罹患している頻度が高いことが,患者の年齢を層別化して結果を報告している5件で示されているが,4件で特に若い患者グループでリスクが増加し,年齢が上昇するに従いリスクは急激に減少していた。
5)娘が乳癌罹患者の場合
9件の論文が該当した。すべてが後ろ向きのコホート研究であり,乳癌患者の母親を追跡したものであった。1件を除きRRの増加(0.3~5.6)が認められ,プール解析によるRRは1.8(95%CI 1.6-2.0)であった。
6)母親と姉妹が乳癌罹患者の場合
母親と姉妹が乳癌の場合,すなわち,第1度近親者に2人の乳癌患者がいる場合を検討した論文は5件あった。すべてでRRは増加する(2.5~13.6)と報告されており,プール解析によるRRも3.6(95%CI 2.5-5.0)と非常に高かった。
7)第2度近親者(遺伝子を4分の1共有している祖母,孫,おば,姪)に乳癌罹患者がいた場合
10件の論文が該当した。いずれにおいても第1度近親者に乳癌患者がいた場合と比較してRRは低く(1.2~1.9),プール解析によるRRは1.5(95%CI 1.4-1.6)であった。またこのうち年齢を検討しているものが2件あり,どちらでも年齢特異型リスクが確認された。
年齢の要素をプール化したデータで推測すると,乳癌に罹患した血縁者が若いほどリスクは増加していた。同じような傾向は患者自身の年齢についてもみられた。50歳で区分すると,患者も血縁者も50歳未満の場合が一番リスクが高かった。
もう1件の論文は,52件の疫学研究の個別データを集計し再解析を行ったものであるが,第1度近親者の乳癌家族歴に限った解析がなされている2)。文献1よりも4年新しく,文献1には含まれていない新しい研究の個別データも含まれている。一方で文献1に取り上げられた中にある古い論文のテーマは含まれていない。結果は,乳癌患者(浸潤性乳癌)58,209人と対照者101,986人を比較したところ,前者で12.9%,後者で7.3%が第1度近親者に少なくとも1人の乳癌家族歴を有していた。第1度近親者に乳癌患者が1人いる場合のRRは1.80(95%CI 1.69-1.91),2人いる場合はRR 2.93(95%CI 2.36-3.64),3人以上の場合はRR 3.90(95%CI 2.03-7.49)であった。また同じ第1度近親者の中で,母親と姉妹の間に有意な差はみられなかった。
以上をまとめると,家族に乳癌患者がいれば乳癌発症リスクは増加し,その家族が遺伝的に近いほど,また人数が多いほどリスクは増加すると思われる。
また,40歳代女性の乳癌のリスク因子を検討した場合,前述2)のメタアナリシス以外にBreast Cancer Surveillance Consortium(BCSC)のデータでも,第1度近親者に乳癌罹患者がいる場合,乳癌のRRは1.86(95%CI 1.69-2.06)とこの年代についても乳癌の家族歴はリスク因子であることが示された2)3)。
一方,217万人のSwedish Family databaseに基づいた症例対照研究では,男性の乳癌罹患者も含めた疫学データが示されている。母親のみまたは父親のみ乳癌に罹患(RRでそれぞれ1.74,1.73)とこれまでの母親が乳癌に罹患していた場合のデータと類似の結果が出ており,また父親が罹患者であっても相対リスクは母親の場合と大きな違いはない。一方,母親および父親が乳癌の場合はその娘の乳癌罹患のRRが10.41と著しく増加することが示されている4)。
さらに,閉経後の乳癌も乳癌家族歴はリスク因子であることを示す報告がある。4万人以上の65歳以上のマンモグラフィ検査を受けた女性を対象とした家族歴に関する米国の前向きコホート研究では,平均観察期間6.3年で,乳癌発症リスクは家族歴陽性者において,ハザード比(HR)がそれぞれ,対象者65~74歳で1.48(1.35-1.61),75歳以上で1.44(1.28-1.62)と有意に高かった5)。
乳癌の家族歴があることは乳癌に罹患しやすい体質の遺伝が関与していると考えられる。現在,遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)の原因遺伝子であるBRCA1およびBRCA2が知られている。しかし,BRCA1あるいはBRCA2病的バリアントを認めない乳癌患者でも乳癌の家族歴がある場合には反対側の異時性乳癌のRRは2倍程度のリスクがあった。BRCA1あるいはBRCA2病的バリアントを認めない両側乳癌患者594人,片側乳癌対象群1,119人に家族歴を調査した集団症例対照研究ではRRは1.9(95%CI 1.4-2.6)であった。特に45歳未満で,第1度近親者にも45歳未満の乳癌罹患者がいる場合(RR 2.5)あるいは第1度近親者に両側乳癌の罹患者がいる場合(RR 3.6)はリスクが高かった6)。さらに,第1度近親者に両側乳癌の罹患者がいる場合には初発乳癌の診断後10年の累積罹患リスクは15.6%であり,これはBRCA1あるいはBRCA2病的バリアント保持者に類似したリスクである。BRCA1あるいはBRCA2病的バリアントを認めない乳癌患者のマネジメントにも家族歴は参考にすべき情報である。
わが国にも癌の罹患と家族歴に関する報告がある。Ogawaらによると,1979~1981年に愛知県地域がん登録に登録された20歳以上の登録癌患者9,131人の第1度近親者の家族歴を調査した。その結果,多くの癌腫において,本人と同じ部位の癌の家族歴を有する頻度は他の部位の癌患者より高い傾向にあったが(同一部位の癌/他部位の癌>1),特に乳癌や大腸癌では他の癌よりも家族集積性が大きいことが示されている7)。例えば,乳癌患者の乳癌家族歴陽性率は3.1%,その他の部位の癌患者の乳癌家族歴を有する率は0.9%であり,乳癌は3.32倍,同様に大腸癌は2.22倍,胃癌は1.63倍であった。また,Kawaiらの30歳以上の女性乳癌患者1,092人,癌既往のない女性患者3,160人を対象とした症例対照研究でも,閉経前のエストロゲン受容体(ER)陽性乳癌,ER陰性乳癌でオッズ比(OR)はそれぞれ2.86(1.56-5.23),4.34(2.07-9.07),閉経後のER陽性乳癌,ER陰性乳癌でそれぞれ1.67(1.01-2.76),3.23(1.86-5.62)といずれも乳癌家族歴は有意に乳癌発症リスクを増加させている8)。
以上より,家族に乳癌の罹患者がいた場合,乳癌の発症リスクは増加し,その血縁者が遺伝的に近いほど,また乳癌罹患者の人数が多いほどリスクは増加すると考えられる。
検索キーワード
PubMedで“Breast neoplasms”,“Risk”,“Family history”,“Genetic disease”のキーワードで検索した。検索期間は2016年1月から2021年3月までとした。該当した329件のうち1報を採用した。またハンドサーチで2015年以前の文献1報を追加し,2018年版の検討に加えた。
参考文献
1)Pharoah PD, Day NE, Duffy S, Easton DF, Ponder BA. Family history and the risk of breast cancer:a systematic review and meta-analysis. Int J Cancer. 1997;71(5):800-9. [PMID:9180149]
2)Collaborative Group on Hormonal Factors in Breast Cancer. Familial breast cancer:collaborative reanalysis of in dividual data from 52 epidemiological studies including 58209 women with breast cancer and 101986 women without the disease. Lancet 2001;358(9291):1389-99. [PMID:11705483]
3)Nelson HD, Zakher B, Cantor A, Fu R, Griffin J, O’Meara ES, et al. Risk factors for breast cancer for women aged 40 to 49 years:a systematic review and meta-analysis. Ann Intern Med. 2012;156(9):635-48. [PMID:22547473]
4)Bevier M, Sundquist K, Hemminki K. Risk of breast cancer in families of multiple affected women and men. Breast Cancer Res Treat. 2012;132(2):723-8. [PMID:22179927]
5)Braithwaite D, Miglioretti DL, Zhu W, Demb J, Trentham-Dietz A, Sprague B, et al;Breast Cancer Surveillance Consortium. Family history and breast cancer risk among older women in the breast cancer surveillance consortium cohort. JAMA Intern Med. 2018;178(4):494-501. [PMID:29435563]
6)Reiner AS, John EM, Brooks JD, Lynch CF, Bernstein L, Mellemkjær L, et al. Risk of asynchronous contralateral breast cancer in noncarriers of BRCA1 and BRCA2 mutations with a family history of breast cancer:a report from the Women’s Environmental Cancer and Radiation Epidemiology Study. J Clin Oncol. 2013;31(4):433-9. [PMID:23269995]
7)Ogawa H, Kato I, Tominaga S. Family history of cancer among cancer patients. Jpn J Cancer Res. 1985;76(2):113-8. [PMID:3920100]
8)Kawai M, Kakugawa Y, Nishino Y, Hamanaka Y, Ohuchi N, Minami Y. Reproductive factors and breast cancer risk in relation to hormone receptor and menopausal status in Japanese women. Cancer Sci. 2012;103(10):1861-70. [PMID:22762156]