BQ11 放射線被曝は乳癌発症リスクを増加させるか?
背 景
放射線被曝には自然被曝と人工的な被曝(事故,戦争,偶発的,医療被曝,職業被曝等)がある。これまでに原子爆弾(原爆)被爆者,医療用放射線で被曝した集団の追跡調査において放射線に関連する乳癌の発症が指摘されてきた。最近,小児がんに対する放射線治療後の二次がんリスクや,自然被曝と乳癌リスクについても注目されている。ここでは,さまざまな被曝と乳癌発症リスクについて概説する。
解 説
1)原爆被爆
原爆被爆のコホートの特徴としては,比較的高線量,高線量率の被曝集団であることが挙げられる。このうち,被曝線量測定や追跡調査がほぼ完全に行われているのは原爆被爆者の追跡調査が唯一である。このコホートにおいては,これまでに,白血病,乳癌,肺癌,胃癌,結腸癌,多発性骨髄腫等の増加が認められている。乳癌の増加は被爆後10年以上経過して認められたが,そのリスクは被爆時年齢が40歳以上の女性に比べ,若年であるほど高く,特に10歳未満でのリスクが最も高いことが示されている1)2)。年齢分布は通常の乳癌と一致しており,低線量被曝者,非被曝者との比較において,高線量被曝者に発生した乳癌の組織型などに放射線誘発乳癌を特徴付ける違いは認められていない1)。両側性乳癌発症リスクの有意な増加も認められていないが,被爆時年齢が20歳未満では両側性乳癌発症リスクは高い可能性があることが示唆されている2)3)。原爆被爆者における乳腺被曝線量は0~6 Gy(0~6.08 Sv,平均0.276 Sv)と推定されており,被曝線量の増加とともにほぼ線形のパターンを示して乳癌発症頻度が増加することが示されている2)4)。また,初経の頃に被爆したものは,初経から離れた時期に被爆したものより,乳癌罹患リスクが高いことが認められた5)。これらのデータは被曝による乳癌発症リスクを解析するモデル分析に使用されているだけでなく,International Commission on Radiological Protection(ICRP,国際放射線防護委員会)の線量限度の勧告の基礎となっている点でも重要である。
2)医療被曝
医療の目的で被曝する場合,被曝の限度量は法的に定められていない。これは,慢性疾患,あるいは重篤な疾患の診断や治療の恩恵は,これに伴う被曝のデメリットを上回ると判断されるからである(二次資料①)。医療被曝による乳癌発症リスクの増加は,結核に対する気胸術後の頻回のX線検査や,乳腺炎,良性乳腺疾患,乳児期の胸腺肥大,皮膚血管腫に対する放射線照射などにおいて認められている6)7)。
特に小児期の放射線治療と乳癌リスクは顕著であり,小児がんに対して放射線治療を行った1,230例を対象としたChildhood Cancer Survivor Study(CCSS)では,比較的低線量(2~20 Gy,中央値14 Gy)でも乳癌発症率は極めて高く,標準化罹患比(SIR)は43.6(95%CI 27.2-70.3)であった。また,50歳までの累積発症率は30%とBRCA病的バリアントを有する患者と同等のリスクであった8)。放射線治療時期に言及した小児期のHodgkinリンパ腫の報告では,若年であるほどリスクが高く,初経から半年経過するまでに行った場合のオッズ比(OR)は,5.52(95%CI 1.97-15.46)と著明なリスク増加を認めた。また,本研究では260例の乳癌発症例の73.8%が50歳未満であった9)。これは複数の研究で同様の報告がなされており,Hendersonらは小児期,思春期に胸部悪性疾患に対する放射線療法を受けた女性における40~45歳の累積乳癌発症率は13~20%と報告し10),Schellongらは小児期,思春期(9.9~16.2歳)にHodgkinリンパ腫に対する放射線療法を受けた590人の女性における治療後30年目までの累積乳癌発症率は19%(95%CI 12%-29%)と極めて高かったことを報告している11)。15~50歳時にHodgkinリンパ腫の治療を受けた3,905人を追跡したオランダの報告では,放射線治療部位に言及し全マントル照射に対して腋窩を含まない照射を行った場合のハザード比(HR)は,0.37(95%CI 0.19-0.72)と著明に乳癌発症リスクが低いことを報告している12)。以上のことより,頻回のX線検査や腋窩を含む胸部への放射線療法等の医療被曝が,乳癌発症リスクを増加させることはほぼ確実であり,特に若年期で被曝した場合にリスクが増加する。
3)低線量被曝
広島・長崎の原爆被爆者の疫学調査から,100 mSv以上では,線量と癌発症率の関係は直線的であることが確認されている。しかし,それ以下の線量域については,線量反応曲線の形は決定されていない。低線量被曝に関する基本的な考え方には,放射線による生物への影響には閾値があり,閾値よりも少量の被曝は安全だとする意見と,どのような線量であっても放射線被曝は生体に有害であるとする意見(「直線しきい値無し仮説」)があり,現在でも議論が続いている。「直線しきい値無し仮説」では,被曝による生物への影響に閾値は存在せず,高線量の被曝と同様の線量反応関係が存在する,すなわち総線量と相関して確率的に癌が発症するとの仮定のもとにリスクが推定されており,ICRPはこの立場から勧告を定めている。
低線量被曝と癌発症リスクについては客観的評価方法が難しいこともあり,関連性を検討した報告はほとんどされていない。航空会社の乗組員は低線量被曝と最も関連の高い職業の一つであるが,10か国の93,771人の乗務員を対象にした大規模なコホート研究が報告されている13)。一般女性に対する客室乗務員44,667人の標準化乳癌死亡リスクは1.06(95%CI 0.89-1.27)と有意なリスク増加は認められていない13)。この研究は低線量被曝と死亡リスクの検討であり,発症リスクとの関連性は不明である。近年,10件のコホート研究における31,679人の女性乗務員を対象にしたメタ解析が報告されている14)。標準化乳癌罹患リスクは1.40(95%CI 1.30-1.50)と有意な乳癌発症リスク増加を認めていた。しかし,3研究が米国,7研究が欧州と地域性に偏りがあり,症例数も少ないことからも,さらなる研究数の蓄積が必要とされている14)。
以上より,低線量被曝と乳癌発症リスクとの関連性の研究報告は限定的であることから,低線量被曝が乳癌発症リスクを増加させるかは結論付けられない。
検索キーワード
PubMedで“Breast Neoplasms/epidemiology”,“Radiation”,“Electromagnetic Radiation”,“Neoplasms, Radiation-Induced”,“Risk”,“Humans”のキーワードで検索した。検索期間は2014年9月から2016年9月までとした。該当文献201件のタイトル,抄録から2件を選択し,2015年版での引用文献10件と合わせて計12件の研究報告を解説に引用した。2022年度版での検索期間は2021年3月31日とした。該当文献269件のタイトル,抄録から2件を選択し5)15),これまでの引用文献と合わせて計14件の研究報告を解説に引用した。
参考にした二次資料
- 放射線被曝者医療国際協力推進協議会編.原爆放射線の人体影響.東京,文光堂,1992.
- UNSCEAR. SOURCES AND EFFECTS OF IONIZING RADIATION. UNSCEAR 2000 Report to the General Assembly, with Scientific Annexes. Annex I:Epidemiological evaluation of radiation-induced cancer. United Nations, New York, 2000.
- ICRP Publication 105. Radiation protection in medicine. Ann ICRP. 2007;37(6):1-63. [PMID:18762065]
- Valentin J. Low-dose extrapolation of radiation-related cancer risk. Ann ICRP. 2005;35(4):1-140. [PMID:16782497]
参考文献
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2)Tokunaga M, Land CE, Tokuoka S, Nishimori I, Soda M, Akiba S. Incidence of female breast cancer among atomic bomb survivors, 1950-1985. Radiat Res. 1994;138(2):209-23. [PMID:8183991]
3)Land CE, Tokunaga M, Koyama K, Soda M, Preston DL, Nishimori I, et al. Incidence of female breast cancer among atomic bomb survivors, Hiroshima and Nagasaki, 1950-1990. Radiat Res. 2003;160(6):707-17. [PMID:14640793]
4)Thompson DE, Mabuchi K, Ron E, Soda M, Tokunaga M, Ochikubo S, et al. Cancer incidence in atomic bomb survivors. Part Ⅱ:Solid tumors, 1958-1987. Radiat Res. 1994;137(2 Suppl):S17-67. [PMID:8127952]
5)Brenner AV, Preston DL, Sakata R, Sugiyama H, Berrington de Gonzalez A, French B, et al. Incidence of breast cancer in the life span study of atomic bomb survivors:1958-2009. Radiat Res. 2018;190(4):433-44. [PMID:30044713]
6)Preston DL, Mattsson A, Holmberg E, Shore R, Hildreth NG, Boice JD, Jr. Radiation effects on breast cancer risk:a pooled analysis of eight cohorts. Radiat Res. 2002;158(2):220-35. [PMID:12105993]
7)Doody MM, Lonstein JE, Stovall M, Hacker DG, Luckyanov N, Land CE. Breast cancer mortality after diagnostic radiography:findings from the U. S. Scoliosis Cohort Study. Spine(Phila Pa 1976). 2000;25(16):2052-63. [PMID:10954636]
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9)Cooke R, Jones ME, Cunningham D, Falk SJ, Gilson D, Hancock BW, et al;England and Wales Hodgkin Lymphoma Follow-up Group, Swerdlow AJ. Breast cancer risk following Hodgkin lymphoma radiotherapy in relation to menstrual and reproductive factors. Br J Cancer. 2013;108(11):2399-406. [PMID:23652303]
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11)Schellong G, Riepenhausen M, Ehlert K, Brämswig J, Dörffel W;German Working Group on the Long-Term Sequelae of Hodgkin’s Disease, German Consortium for Hereditary Breast and Ovarian Cancer. Breast cancer in young women after treatment for Hodgkin’s disease during childhood or adolescence--an observational study with up to 33-year follow-up. Dtsch Arztebl Int. 2014;111(1-2):3-9. [PMID:24565270]
12)Schaapveld M, Aleman BM, van Eggermond AM, Janus CP, Krol AD, van der Maazen RW, et al. Second cancer risk up to 40 years after treatment for Hodgkin’s lymphoma. N Engl J Med. 2015;373(26):2499-511. [PMID:26699166]
13)Hammer GP, Auvinen A, De Stavola BL, Grajewski B, Gundestrup M, Haldorsen T, et al. Mortality from cancer and other causes in commercial airline crews:a joint analysis of cohorts from 10 countries. Occup Environ Med. 2014;71(5):313-22. [PMID:24389960]
14)Liu T, Zhang C, Liu C. The incidence of breast cancer among female flight attendants:an updated meta-analysis. J Travel Med. 2016;23(6):taw055. [PMID:27601531]
15)Little MP, Pawel D, Misumi M, Hamada N, Cullings HM, Wakeford R, et al. Lifetime mortality risk from cancer and circulatory disease predicted from the Japanese atomic bomb survivor life span study data taking account of dose measurement error. Radiat Res. 2020;194(3):259-76. [PMID:3294230]