BQ17 乳癌の発症を予防するための薬剤を投与することは有用か?
エビデンスグレードを決めるにあたって
乳癌発症リスクが高い女性への,選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM:タモキシフェン,ラロキシフェン)やアロマターゼ阻害薬(エキセメスタン,アナストロゾール)の予防投与による乳癌発症の抑制効果は確実である。しかし,日本人女性に適応するためには,乳癌発症のリスク評価の確立と,化学予防による有効性と安全性の検証が必要である。
背 景
これまでに実施された薬剤による乳癌発症予防(chemoprevention)に関するランダム化比較試験から,その有用性と安全性に関する知見が集積されてきた。注意すべき点は,例えばGailモデルにおいて5年間の浸潤性乳癌の発症リスクが1.66%以上の女性や非浸潤性小葉癌(LCIS)の既往をもつ女性等,多くの試験で対象を乳癌発症リスクが高い女性としている点である(二次資料①)。しかしGailモデルは日本人には適用できない。また,乳癌発症リスクを算定するためのツールとしてNational Cancer InstituteによるBreast Cancer Risk Assessment Tool(NCI-BCRAT)が開発されており(https://bcrisktool.cancer.gov/参照),このツールによって5年間および生涯にわたる白人とアフリカ系米国人の浸潤性乳癌の発症リスクが算定可能であるが,日本人に用いることは推奨されていない。また,乳癌発症リスクを算定するためのツールとしてInternational Breast Cancer Intervention Study(IBIS)/Tyrer-Cuzick Risk Calculator(https://ems-trials.org/riskevaluator/参照),が開発されており,このツールによって10年間にわたる英国人の浸潤性乳癌の発症リスクが算定可能であるが,日本人に用いることは推奨されていない。
本項では,乳癌の発症予防に関するランダム化比較試験の結果をもとに,代表的なSERMであるタモキシフェンとラロキシフェン,およびアロマターゼ阻害薬であるエキセメスタン,アナストロゾールの乳癌発症リスクが高い女性に対する予防投与の有効性と安全性について概説する。なお,BRCA1あるいはBRCA2病的バリアントをもつ女性に対する予防的内分泌療法に関しては別項を参照(☞疫学・予防FRQ4)。
解 説
1)タモキシフェン
過去,タモキシフェンの乳癌予防効果をプラセボと比較検討したランダム化比較試験はNSABP P-11),IBIS-Ⅰ2),Royal Marsden Hospital Tamoxifen Prevention Trial3),Italian Randomized Tamoxifen Prevention Trial4)の4試験である。これらのメタアナリシスの結果,タモキシフェンによる浸潤性乳癌発症抑制率は30%と報告されている5)。ホルモン受容体発現別の検討ではホルモン受容体陽性乳癌の発症は42%抑制されたが,ホルモン受容体陰性乳癌に対する抑制効果は認められず,タモキシフェンの効果は主にホルモン受容体陽性乳癌発症の抑制による。長期成績としてIBIS-Ⅰ試験の16年のフォローアップの結果,0~10年目と10年目以降の乳癌発症抑制率は同等であった2)。また,副次的な効果として骨折が34%減少したことが報告されている5)。全死亡リスク,乳癌特異死亡リスクの有意な低減効果は認められていない。
タモキシフェンによる副作用としては子宮内膜癌のリスクが2.1倍,血栓症のリスクが1.9倍,肺塞栓のリスクは2.7倍増加する5)。American Society of Clinical Oncology(ASCO)ガイドラインでは「今後5年間の乳癌発症の絶対リスクが1.66%以上または非浸潤性小葉癌(LCIS)の既往のある35歳以上の女性に対しては,乳癌発症リスク,特にエストロゲン受容体(ER)陽性乳癌発症リスク低減のための選択肢として,タモキシフェン(20 mg/日)を5年間服用することに関して話し合うべき」としている。また,深部静脈血栓症や肺梗塞,脳卒中,一過性脳虚血性発作の既往を有する場合や,長時間動きが制限される期間中の投与,妊娠中あるいは妊娠の可能性のある場合,授乳中の投与は避けるべきとしている(二次資料②③)。
2)ラロキシフェン
ラロキシフェンは閉経後骨粗鬆症の治療薬として認可された薬剤であるが,ランダム化比較試験の結果により,乳癌発症予防としての効果も証明されたため,米国食品医薬品局(FDA)から乳癌発症予防薬としても認可されている。ラロキシフェンとプラセボを比較した代表的なランダム化比較試験は,MORE6),CORE7),RUTH8)の3試験である。これらのメタアナリシスの結果,ラロキシフェンによる浸潤性乳癌発症抑制率は56%と報告されている5)。ホルモン受容体発現別の検討ではホルモン受容体陽性乳癌の発症は67%抑制されたが,ホルモン受容体陰性乳癌に対する抑制効果は認められず,ラロキシフェンの効果はタモキシフェンと同様に,主にホルモン受容体陽性乳癌発症の抑制による。また,副次的な効果として脊椎の圧迫骨折が39%減少したことが報告されている5)。ラロキシフェンによる副作用としては血栓症のリスクが1.6倍,肺塞栓のリスクは2.2倍増加する5)。ASCOガイドラインでは「今後5年間の乳癌発症の絶対リスクが1.66%以上またはLCISの既往のある35歳以上の閉経後の女性に対しては,乳癌発症リスク,特にER陽性乳癌発症リスク低減のための選択肢として,ラロキシフェン(60 mg/日)を5年間服用することに関して話し合うべき」とし,深部静脈血栓症や肺梗塞,脳卒中,一過性脳虚血性発作の既往を有する場合や,長期間動きが制限される期間中の投与は避けるべきとしている(二次資料②③)。なお,閉経後日本人女性を対象としたラロキシフェンの市販後調査では,四肢の浮腫0.65%,静脈血栓症0.16%と報告されている(二次資料④)。
タモキシフェンとラロキシフェンとを直接比較したSTAR試験では,タモキシフェンに対するラロキシフェンの浸潤癌発生に関する相対リスク(RR)は1.24(95%CI 1.1-1.5)とタモキシフェン群で有意に低かった9)。一方,副作用に関する比較では,血栓症のRRは0.75(95%CI 0.6-0.9),深部静脈血栓症でRR 0.72(95%CI 0.5-0.95),子宮内膜癌でRR 0.55(95%CI 0.4-0.8)といずれもラロキシフェン群で低値であった9)。
3)エキセメスタン
National Cancer Institute of Canada(NCIC)MAP.3 trialは乳癌発症リスクの高い閉経後女性を対象とした,エキセメスタン(25 mg/日,5年間)とプラセボとのランダム化比較試験であり,エキセメスタン群で有意な浸潤性乳癌発症リスクの低減効果が認められている〔ハザード比(HR)0.35(95%CI 0.18-0.7)〕10)。副作用に関しては,更年期症状の有意な増加が認められたものの,骨折,心血管イベント,他癌の発症,治療関連死に有意差は認められていない。2019年のASCOガイドラインでは「今後5年間の乳癌発症の絶対リスクが1.66%以上またはLCISや異型過形成の既往のある35歳以上の閉経後の女性に対しては,乳癌発症リスク,特にER陽性乳癌発症リスク低減のための選択肢として,タモキシフェンやラロキシフェンの代替としてエキセメスタン(25 mg/日)を5年間服用することに関して話し合うべき」としている(二次資料③)。
4)アナストロゾール
IBIS-Ⅱ試験は乳癌発症リスクの高い閉経後女性を対象とした,アナストロゾール(1 mg/日,5年間)とプラセボとのランダム化比較試験であり,平均観察期間5.0年の時点では,アナストロゾール群で有意な浸潤性乳癌発症リスクの軽減効果が認められている〔HR 0.5(95%CI 0.32-0.76)〕11)。副作用に関しては,アナストロゾール群で更年期症状,関節のこわばりや疼痛,腟の乾燥,ドライアイ等の有意な増加が認められたものの,骨折に有意差は認められていない。また,アナストロゾール群では他癌の発症が有意に低かった〔HR 0.58(95%CI 0.39-0.85)〕。平均観察期間10.9年(131カ月)の時点でも,アナストロゾール群で有意な浸潤性乳癌発症リスクの軽減効果が認められている〔HR 0.51(95%CI 0.39-0.66)〕12)。骨折,心血管系の副作用には有意差は認められていない。また,アナストロゾール群では他癌の発症が有意に低かったものの〔HR 0.72(95%CI 0.57-0.91)〕,全死亡ならびに乳癌特異的死亡は両群間に差を認めていない。
2019年のASCOガイドラインでは「今後5年間の乳癌発症リスクがNCI-BCRATで少なくとも3%,今後10年間の乳癌発症リスクがIBIS/Tyrer-Cuzick Risk Calculatorで少なくとも5%,40~44歳においては同年代人口における乳癌発症リスクに比べて少なくとも4倍以上の相対リスク,45~69歳においては同年代人口における乳癌発症リスクに比べて少なくとも2倍以上の相対リスク,これらのうち1つ以上のリスクをもつ閉経後の女性は,乳癌発症リスク低減のための選択肢として,タモキシフェン,ラロキシフェンまたエキセメスタンの代替としてアナストロゾール(1 mg/日)を5年間服用することに関して話し合うべき」とし,全員に定期的に運動を行いカルシウム製剤とビタミンD製剤を内服することを推奨している。また事前に骨密度や骨折リスク測定を行い,中等度の骨密度減少をもつ女性に使用する場合はビスホスホネート製剤やreceptor activator of nuclear factor-κB ligand(RANKL)阻害薬の使用を検討すべき,としている。さらに骨粗鬆症の既往や高度の骨塩減少(骨密度がT-Score<-4や2椎体以上の骨折歴あり)のある女性はIBIS-Ⅱでは除外されており,タモキシフェンやラロキシフェンが使用可能としている(二次資料③)13)。
以上,乳癌発症リスクが高い女性には,SERM〔タモキシフェン(閉経前・後),ラロキシフェン(閉経後)〕やアロマターゼ阻害薬〔エキセメスタン(閉経後),アナストロゾール(閉経後)〕の予防投与により乳癌発症リスクを低減することは明らかである。しかし予防投与のリスクとベネフィットのバランスは,基本となる乳癌発症リスクと副作用とに依存している。日本人における乳癌発症リスクを評価するツールが確立されていない現状では,対象者の選定,予防投与による乳癌発症抑制効果が不明であるため,基本的には勧められない。日本人女性に予防投与を適応するためには,乳癌発症リスク評価の確立と予防投与による有効性と安全性の検証が必要である。
検索キーワード
PubMedで“Breast Neoplasms/prevention and control”,“Aromatase inhibitors”,“Hormone Antagonists”,“therapeutic use”のキーワードで検索した。2018年版の検索期間は2014年9月1日から2016年9月30日までとした。該当文献183件からタイトルと抄録で8件を選択し,2015年版で引用した11件の論文のうち,follow upデータが報告されているもの1件を最新版に更新し本解説に引用した。2022年版の検索期間は2021年3月31日までとし,該当文献131件からタイトルと抄録で2件12)13)を選択し,2018年版で引用した11件の論文のうち,follow upデータが報告されているもの1件を本解説に引用した12)。
参考にした二次資料
- UpToDate 2017(Topic 756 ver.21.0)
- Visvanathan K, Hurley P, Bantug E, Brown P, Col NF, Cuzick J, et al. Use of pharmacologic interventions for breast cancer risk reduction:American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline. J Clin Oncol. 2013;31(23):2942-62. [PMID:23835710]
- Visvanathan K, Fabian CJ, Bantug E, Brewster AM, Davidson NE, DeCensi A, et al. Use of endocrine therapy for breast cancer risk reduction:ASCO Clinical Practice Guideline Update. J Clin Oncol. 2019;37(33):3152-65. [PMID:31479306]
- Iikuni N, Hamaya E, Nihojima S, Yokoyama S, Goto W, Taketsuna M, et al. Safety and effectiveness profile of raloxifene in long-term, prospective, postmarketing surveillance. J Bone Miner Metab. 2012;30(6):674-82. [PMID:22752125]
参考文献
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2)Cuzick J, Sestak I, Cawthorn S, Hamed H, Holli K, Howell A, et al;IBIS-Ⅰ Investigators. Tamoxifen for prevention of breast cancer:extended long-term follow-up of the IBIS-Ⅰ breast cancer prevention trial. Lancet Oncol. 2015;16(1):67-75. [PMID:25497694]
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10)Goss PE, Ingle JN, Alés-Martínez JE, Cheung AM, Chlebowski RT, Wactawski-Wende J, et al;NCIC CTG MAP.3 Study Investigators. Exemestane for breast-cancer prevention in postmenopausal women. N Engl J Med. 2011;364(25):2381-91. [PMID:21639806]
11)Cuzick J, Sestak I, Forbes JF, Dowsett M, Knox J, Cawthorn S, et al;IBIS-Ⅱ investigators. Anastrozole for prevention of breast cancer in high-risk postmenopausal women(IBIS-Ⅱ):an international, double-blind, randomised placebo-controlled trial. Lancet. 2014;383(9922):1041-8. [PMID:24333009]
12)Cuzick J, Sestak I, Forbes JF, Dowsett M, Cawthorn S, Mansel RE, et al;IBIS-Ⅱ investigators. Use of anastrozole for breast cancer prevention(IBIS-Ⅱ):long-term results of a randomised controlled trial. Lancet. 2020;395(10218):117-22. [PMID:31839281]
13)Visvanathan K, Fabian CJ, Bantug E, Brewster AM, Davidson NE, DeCensi A, et al. Use of endocrine therapy for breast cancer risk reduction:ASCO clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2019;37(33):3152-65. [PMID:31479306]