総説2    乳房手術後に放射線療法が勧められない場合

 乳房温存療法がその治療成績において乳房全切除術と同等であることは知られているが,これは乳房部分切除術後に放射線療法を加えることにより達成される。また,再発高リスク患者の乳房全切除術後では術後照射が予後を改善することが知られている。しかし,ときには放射線療法による害がそのような益を上回る場合がある。そこで適切な共同意思決定(shared decision making)を行うためには放射線療法が勧められない条件を明らかにしなければならない。

1)絶対的禁忌
(1)妊娠中
 胚/胎児は放射線感受性が高いことが知られているが,その感受性は妊娠の時期によって大きく異なる。奇形については,3~8週の臓器形成期では0.1~0.2 Gyでも発生し得る1)。また,精神発達障害については,感受性の高い妊娠8~25週の時期に0.1 Gyを超えて胎児被曝すればIQ低下がみられることがあり,1 Gyでは重篤な精神発達障害のリスクは40%にもなる2)。発癌については,妊娠後期の胎児被曝が出生後のがんを誘発する可能性があり,その閾値は動物実験では0.1 Gy前後の可能性も指摘されている3)

 このように胎児への被曝はできるだけ避けねばならない。妊娠中の放射線療法が禁忌であるのは,妊娠中はいかに腹部を遮蔽しても胎児の被曝量は無視できないためである。例えば6 MV X線による乳房接線照射(50 Gy)のファントム(人体模型)実験では胚/胎児被曝は,妊娠初期(0.021~0.076 Gy),中期(0.022~0.246 Gy),後期(0.022~0.586 Gy)となった4)。非妊娠時なら施行される放射線療法が妊娠中のために遅れることへの不安もあるが,これに応えるエビデンスはない。したがって,妊娠後期であっても,乳房や胸壁への照射は出産後まで延期すべきである。

 放射線療法前に妊娠の可能性の有無について確認することは必須であるが,万が一,妊娠初期に気づかずに照射しても,判明した時点でそれ以降を中止すれば,胎児被曝が0.1 Gyを超える可能性は低い。医学物理士などの放射線物理の専門家を交えて詳細な胎児の被曝線量評価を行い,胎児が受けた線量と生じる可能性のある影響について患者に十分な情報を与えたうえで妊娠継続の可否を判断すべきであり,安易に妊娠中絶を勧めるべきではない。

(2)放射線療法による二次性悪性腫瘍のリスクが極めて高い遺伝性疾患
 ホモ接合性ATM病的バリアントのある患者は放射線感受性が極めて高く,NCCNガイドラインでは絶対的禁忌に挙げられているが5),非常に稀である。一方で,米国臨床腫瘍学会(ASCO),米国放射線腫瘍学会(ASTRO),外科腫瘍学会(SSO)の3学会が共同で作成した遺伝子変異情報に基づいた遺伝性乳癌の治療方針に関するガイドラインでは,ヘテロ接合性ATM病的バリアント保持者である乳癌患者に対しては,放射線治療を控えるべきではないとしている6)

2)相対的禁忌
(1)背臥位にて患側上肢挙上不能
 照射時には患側上肢を外転,挙上した背臥位で照射することが多く,その姿勢を保持できない患者は精度の高い再現性と十分な照射野を確保できず,乳房ならびに胸壁への放射線照射は困難である。

(2)膠原病のうち活動性の強皮症や全身性エリテマトーデス(SLE)を合併
 膠原病患者ではときに強い反応を起こすことが報告されている。膠原病患者における放射線療法のリスクについては,報告によって結果はさまざまで,高いレベルのエビデンスはない。イェール大学の症例対照研究は乳房温存療法のみを対象としており,急性期反応に差はなかったが,強皮症で晩期反応が強くみられた7)。乳癌以外の癌種も含まれている症例対照研究やケース・シリーズ研究の報告もある8)~11)。ミシガン大学からの報告では,全体として急性期反応に差はないものの,乳房の急性期反応が強くみられた8)。その他の研究では急性期反応に差がなかった。晩期についてはミシガン大学からの報告によると,強皮症および全身性エリテマトーデス(SLE)で反応が増加した8)。マサチューセッツ総合病院のケース・シリーズによると関節リウマチでは有害事象は増えなかったが,強皮症とSLEでは晩期有害事象が有意に増加した9)。有害事象と線量との関係も明確ではないが,少なくとも40 Gy未満の姑息的照射では問題となる反応がみられなかった10)。先述のマサチューセッツ総合病院からの報告では,晩期反応と線量には相関がなかった9)。どの報告も患者数が少なく,高いレベルのエビデンスはない。急性期および晩期有害事象が強く出る可能性はあるので9),活動性の強皮症やSLEを合併した患者では乳房照射および胸壁照射は避けたほうがよい。一方,関節リウマチでは有害事象の増加はないと考えられるが,肺疾患を合併することがあり,肺の有害事象には十分に注意して治療すべきである7)

(3)患側乳房,胸壁への放射線療法の既往(同一部位への再照射)
 過去に患側乳房や胸壁に対する放射線療法の既往がある場合は,同一部位への再照射は注意が必要である。正常組織には耐容線量があり,それを超えると不可逆的変化をきたす可能性が高まるので,基本的に再照射は禁忌である。しかしながら,過去の放射線療法の線量や分布を十分に検討したうえで,耐容線量の範囲で再照射が可能と判断されれば照射を行うことも許容される。

(4)Li Fraumeni症候群などの放射線療法による二次性悪性腫瘍のリスクが高い遺伝性疾患
 Li Fraumeni症候群はTP53の病的バリアントを原因とする遺伝性疾患であり,肉腫や副腎皮質癌のほか,閉経前乳癌を発症するリスクが高いことが知られている。Li Fraumeni症候群では,発症率は報告により異なるものの,乳癌手術後の放射線療法による二次発がんのリスクが高いことが報告されているので12)~14),放射線療法はできるだけ避けるべきである。遺伝子変異が診断済みで乳房全切除術によって照射を避けることが可能なら乳房全切除術を選択するべきである。先述のASCO/ASTRO/SSOガイドラインにおいても,TP53の生殖細胞系列病的バリアント保持者である乳癌患者に対する温存乳房照射は禁忌としている6)。乳房温存を希望した場合や,乳房全切除術後に再発リスクが高い場合では,リスクベネフィットバランスについて患者と十分に話し合うことが必要である。一方,緩和照射の場合には一般的にベネフィットがリスクを上回ると考えられる。BRCA病的バリアントを有する患者の放射線療法については放射線BQ10を参照されたい。

参考文献

1)Loibl S, von Minckwitz G, Gwyn K, Ellis P, Blohmer JU, Schlegelberger B, et al. Breast carcinoma during pregnancy. International recommendations from an expert meeting. Cancer. 2006;106(2):237-46. [PMID:16342247]

2)International Commission on Radiological Protection. Pregnancy and medical radiation. Ann ICRP. 2000;30(1):ⅲ-ⅷ, 1-43. [PMID:11108925]

3)Streffer C, Shore R, Konermann G, Meadows A, Uma Devi P, Preston Withers J, et al. Biological effects after prenatal irradiation(embryo and fetus). A report of the International Commission on Radiological Protection. Ann ICRP. 2003;33(1-2):5-206. [PMID:12963090]

4)Mazonakis M, Varveris H, Damilakis J, Theoharopoulos N, Gourtsoyiannis N. Radiation dose to conceptus resulting from tangential breast irradiation. Int J Radiat Oncol Biol Phys. 2003;55(2):386-91. [PMID:12527052]

5)NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology:Breast Cancer. Version 8.2021
https://www.nccn.org/professionals/physician_gls/pdf/breast.pdf

6)Tung NM, Boughey JC, Pierce LJ, Robson ME, Bedrosian I, Dietz JR, et al. Management of hereditary breast cancer:American Society of Clinical Oncology, American Society for Radiation Oncology, and Society of Surgical Oncology Guideline. J Clin Oncol. 2020;38(18):2080-106. [PMID:32243226]

7)Chen AM, Obedian E, Haffty BG. Breast-conserving therapy in the setting of collagen vascular disease. Cancer J. 2001;7(6):480-91. [PMID:11769860]

8)Lin A, Abu-Isa E, Griffith KA, Ben-Josef E. Toxicity of radiotherapy in patients with collagen vascular disease. Cancer. 2008;113(3):648-53. [PMID:18506734]

9)Morris MM, Powell SN. Irradiation in the setting of collagen vascular disease:acute and late complications. J Clin Oncol. 1997;15(7):2728-35. [PMID:9215847]

10)Ross JG, Hussey DH, Mayr NA, Davis CS. Acute and late reactions to radiation therapy in patients with collagen vascular diseases. Cancer. 1993;71(11):3744-52. [PMID:8490925]

11)Phan C, Mindrum M, Silverman C, Paris K, Spanos W. Matched-control retrospective study of the acute and late complications in patients with collagen vascular diseases treated with radiation therapy. Cancer J. 2003;9(6):461-6. [PMID:14740974]

12)Heymann S, Delaloge S, Rahal A, Caron O, Frebourg T, Barreau L, et al. Radio-induced malignancies after breast cancer postoperative radiotherapy in patients with Li-Fraumeni syndrome. Radiat Oncol. 2010;5:104. [PMID:21059199]

13)Le AN, Harton J, Desai H, Powers J, Zelley K, Bradbury AR, et al. Frequency of radiation-induced malignancies post-adjuvant radiotherapy for breast cancer in patients with Li-Fraumeni syndrome. Breast Cancer Res Treat. 2020;181(1):181-8. [PMID:32246378]

14)Petry V, Bonadio RC, Cagnacci AQC, Senna LAL, Campos RDNG, Cotti GC, et al. Radiotherapy-induced malignancies in breast cancer patients with TP53 pathogenic germline variants(Li-Fraumeni syndrome). Fam Cancer. 2020;19(1):47-53. [PMID:31748977]