総説2 乳癌初期治療における腋窩手術
1）領域リンパ節と郭清
乳癌の領域リンパ節は，腋窩リンパ節，鎖骨上リンパ節，内胸リンパ節に分類される。病理学的リンパ節転移個数は強い予後予測因子であり，リンパ節転移状態を正確に知ることは術後薬物療法や放射線療法の決定に重要な情報である。
初発乳癌において領域リンパ節の中で腋窩リンパ節転移の頻度は高い。臨床的に明らかな腋窩リンパ節転移陽性（cN＋）患者ではレベルⅡまでの腋窩リンパ節郭清（ALND）が勧められる。胸郭入り口へのレベルⅢの郭清は，レベルⅡに肉眼的リンパ節転移が認められる場合や術中に明らかなレベルⅢリンパ節転移が疑われる場合に限るべきである。
一方，早期発見が増え，多くの患者は術前臨床的リンパ節転移陰性（cN0）である。cN0は必ずしも病理学的リンパ節転移陰性（pN0）を意味するとは限らず，病理学的リンパ節転移陽性も含まれる。この事実から，Halstedの時代1）から正確な情報と局所制御を目指し，領域リンパ節の切除・郭清が施行されてきた。ランダム化比較試験（RCT）であるNSABP B-04試験の結果によると，cN0乳癌患者において予防的ALNDを施行した群は再発時のみALNDを行う郭清省略群と比べて無遠隔転移生存および全生存率（OS）に差を認めなかったが2），その後のB-04を含む6つの試験のメタアナリシスでは，予防的ALND群において予後改善効果がみられている3）。NSABP B-04試験は乳癌全身病説を裏付ける結果であったが，アンダーパワーの可能性や乳房全切除術時に偶然切除されたリンパ節の存在などの問題も指摘された。ALND以外にpN0を確認する方法がなかったため，後述するセンチネルリンパ節生検（sentinel lymph node biopsy；SLNB）が確立するまでALNDは施行されてきた。
内胸リンパ節に関して，腋窩リンパ節転移陽性患者や乳房腫瘤の位置が内側にある患者は44～65％と高率に転移があるにもかかわらず，内胸リンパ節郭清を加える拡大乳房切除術は胸筋温存乳房全切除術に比較し再発・生存を改善しないことが明らかとなり，手技の煩雑さや乳房部分切除術の普及とともに現在では内胸リンパ節郭清はされていない4）（☞外科FRQ5参照）。一方，内胸リンパ節領域照射を含む胸壁照射の有用性を検証したRCTであるDBCG 82 b and c試験5）やEBCTCGメタアナリシス6）などからは，局所制御のみならず，OSも改善することが示され，この領域への対処は内胸リンパ節郭清ではなく照射が主体と考えられる。
2）センチネルリンパ節生検
術前cN0患者の70～80％はpN0である。この場合のALNDは再発・生存に寄与せず，ALNDによる合併症として同側上肢のリンパ浮腫，感覚異常や運動障害などが一定の割合で生じ，治療としての意義はまったくないばかりか害となる。不要なALNDを避け，正確な転移診断の方法が待たれていた。1992年，Mortonらにより悪性黒色腫においてSLNBの有用性が示された7）。センチネルリンパ節（sentinel lymph node；SLN）とは原発巣からのリンパ流を最初に受けるリンパ節と定義され，そこに転移がなければ理論上ほかのリンパ節にも転移はない。それら一連の手技をSLNBと呼び，ALNDを省略しても病理学的領域リンパ節転移の有無をほぼ正確に決定できる。SLNBの手技は，トレーサーを腫瘍周囲もしくは乳輪下に注射し，トレーサーが集積したリンパ節を同定するが，トレーサーとして色素法，ラジオアイソトープ法および両者の併用法が報告され，最近ではインドシアニングリーンを用いた蛍光法も利用されている。
乳癌においてはcN0患者を対象としたSLNBとALNDのRCTがいくつか行われている8）9）。いずれの試験においても，両群間の無再発生存率（DFS）およびOSに有意差は認めず，SLNB群では疼痛が少なく，腕の運動性が良好であり，入院によるコストの削減がみられた。これらの結果から，cN0乳癌に対するSLNBはALNDに代わる低侵襲の腋窩ステージング法であり，SLNBを用いたALNDの省略は標準治療となっている。SLNが内胸リンパ節に描出されることもあり，リンパ節生検を行えばステージングの変更もあり得るが，同部位の再発は非常に少なく，恩恵のある患者割合が低いことから現時点ではリンパ節生検を推奨しない（☞外科FRQ5参照）。また，術前診断が非浸潤癌の場合，切除検体に浸潤癌がみつかることもあるが，実際のSLN転移陽性は非常に少ない。このため原発腫瘍切除後に二期的SLNBを施行するのが困難な症例のみ，原発腫瘍切除と同時にSLNBを行うことが望ましい（☞外科BQ2参照）。
SLN転移陽性の場合はALNDが標準治療であるが，実際にALNDを行っても郭清したリンパ節に転移を認める割合は約半数しかない10）。SLN転移陽性症例に対する腋窩非郭清の可能性を示した代表的なRCTであるACOSOG Z0011試験の長期予後が報告された11）。乳房部分切除術症例でSLN転移個数が2個までの場合，SLNにマクロ転移を認めてもALNDを省略できる可能性があると考えられるが，その他の条件の場合，実臨床での適用には個々の症例に応じて慎重に検討しなければならない（☞外科CQ1参照）。さらにSLN微小転移の場合，いくつかの臨床試験の結果，適切な条件下であれば乳房術式によらず腋窩温存が可能であることも示されている。また，術前化学療法施行前後でcN0症例に対するSLNBの同定率，偽陰性率は，術前化学療法なしの場合と同等であり，実施可能である。一方，もともとcN＋症例が術前化学療法によりcN0になった場合，SLNBの偽陰性率は10％を超えて高く，予後も不明である。この場合，ALND省略を目的としたSLNBは施行せず，ALNDを行うことが推奨される。SLNBの結果のみでALND省略は推奨されない（☞外科CQ2b-1参照）。
近年では，cN＋症例に対する術前化学療法実施前に超音波検査ガイド下にマーカーを留置したリンパ節をtargeted lymph node（TLN）とし，これを手術時に採取する手法であるtargeted axillary dissection（TAD）が提唱されている。偽陰性を可能な限り少なくすることを目的に，TAD，SLNB，samplingなどを複合的に行い，元来転移のあったリンパ節を含めて切除する腋窩縮小手術を行う場合は，ALND省略は推奨される（☞外科CQ2b-2参照）。cN＋症例に対するSLNBは推奨できないという位置付けであるものの，cN＋症例に対するALND省略を可能にする有望な手法として注目されている12）～14）。
参考文献
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