CQ34 化学療法歴のあるHER2低発現の転移・再発乳癌に対して、トラスツズマブ デルクステカンは推奨されるか?

推奨

トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)の投与を強く推奨する 

推奨の強さ:1、エビデンスの強さ:中、合意率:74%(51/69)


推奨におけるポイント
■ 対象患者の選定においては、解説文にある当該臨床試験(DESTINY-Breast04試験)の適格基準を参照すること。
■ HER2低発現乳癌へのトラスツズマブ デルクステカンの適応決定にはコンパニオン診断薬による検査が必要である。

背 景・目 的

 HER2低発現乳癌とは、HER2 に対する免疫組織化学染⾊(以下 IHC)で1+、または、IHC2+かつin situ hybridization(以下 ISH)陰性で定義される乳癌である。これまでのHER2陰性乳癌の6割程度がHER2低発現乳癌にあたり、乳癌全体では50%程度を占める1),2)。化学療法歴のあるHER2低発現の転移・再発乳癌を対象に行われたトラスツズマブ デルクステカン(以下 T-DXd)と主治医選択化学療法を比較したDESTINY-Breast04試験により、T-DXdは既存の主治医選択化学療法と⽐較し、無増悪生存期間及び全生存期間を統計学的有意に延長することが示された3)

本邦でのHER2低発現乳癌に対するT-DXdの適応決定には、コンパニオン診断薬によるHER2低発現の診断が必須であり、本CQの対象患者選定においてHER2低発現の病理学的評価が重要である。それらについては「病理診断FRQ7:トラスツズマブ デルクステカンの適応となるHER2低発現乳癌の診断はどのように行うか?」を参照されたい。

解 説

化学療法歴のあるHER2低発現の転移・再発乳癌を対象としてT-DXdの有効性と安全性を検討したランダム化第Ⅲ相比較試験としてDESTINY-Breast04試験の1編があり、そのシステマティック・レビューを行った。推奨の作成は、全生存期間(OS)を最重要のアウトカムとし、続いて無増悪生存期間(PFS)、次に生活の質(QOL)、毒性(Toxicity)、奏効率(ORR)を同等に重要なアウトカムとして評価した。毒性はGrade 3以上の有害事象発現と全Gradeでの間質性肺疾患発現について評価した。

DESTINY-Breast04試験は、転移・再発病変に対して1または2レジメンの化学療法歴を有するHER2 低発現転移乳癌557例(ホルモン受容体陽性494例、ホルモン受容体陰性63例)を対象に、T-DXd と主治医選択化学療法(カペシタビン、エリブリン、ゲムシタビン、パクリタキセルまたはアルブミン懸濁パクリタキセル)を⽐較した非盲検ランダム化第Ⅲ相試験である。観察期間中央値18.4か月で、主要評価項目であるホルモン受容体陽性例のPFSは、主治医選択化学療法群の5.4か月に対しT-DXd群が10.1か月(ハザード⽐(HR)0.51,95% CI 0.40-0.64)であり、統計学的有意な延⻑が認められた。また、副次評価項⽬であるホルモン受容体陽性および陰性を含めた全体集団でのPFSも主治医選択化学療法群の5.1か月に対しT-DXd群が9.9か月(HR 0.50,95%CI 0.40-0.63)とT-DXd群で統計学的有意な延長が認められた。OSについても、ホルモン受容体陽性例で主治医選択化学療法群の17.5か月に対しT-DXd群が23.9か月(HR 0.64, 95%CI 0.48-0.86)、全体集団でも主治医選択化学療法群の16.8か月に対しT-DXd群が23.4か月(HR 0.64, 95%CI 0.49-0.84)といずれもT-DXd群で統計学的有意な延長が認められた。症例数は少なく、探索的解析にとどまるものの、ホルモン受容体陰性例(いわゆるトリプルネガティブ乳癌)でも同様の予後改善傾向が認められており、PFSは主治医選択化学療法群の2.9か月に対しT-DXd群が8.5か月、OSも主治医選択化学療法群の8.3か月に対しT-DXd群が18.2か月であった。さらに奏効率についても、ホルモン受容体陽性例では主治医選択化学療法群の16.3%に対しT-DXd群は52.6%、ホルモン受容体陰性例でも主治医選択化学療法群の16.7%に対しT-DXd群は50.0%と高い奏効率が認められた。

 T-DXdの毒性に関しては、これまでのHER2陽性乳癌における報告とほぼ同様であり、間質性肺疾患が12.1%(45例)で認められ、主治医選択化学療法の0.6%(1例)に比べ多い傾向であった。T-DXd群で認められた間質性肺疾患のうち、13例(3.5%)は症状を伴わないGrade 1であったが、それ以外は症状を伴うGrade 2以上で、3例(0.8%)にGrade 5が認められている。Grade 3以上の有害事象発現は、主治医選択化学療法群で67%、T-DXd群で53%であった。T-DXd群では嘔気(4.6% vs. 0%)、貧血(8.1% vs. 4.7%)、倦怠感(7.5% vs.4.7%)などが多かった。QOLに関しての報告はない。

 化学療法歴のあるHER2低発現の転移・再発乳癌に対するT-DXdの予後延長効果や奏効率改善(益)は、既存治療に比べて大きいことが明らかである。全体集団に含まれるホルモン受容体陰性例についても、症例数は少ないものの、同様に予後延長傾向や奏効率改善傾向が認められており、DESTINY-Breast04試験結果はホルモン受容体陰性HER2低発現乳癌に対しても適用可能と考えられる。嘔気や間質性肺疾患などの毒性(害)はあるが、最重要視するOSの有意な延長を含め、PFSの延長や高いORRが期待でき、患者の価値観に多様性はあるが、益と害のバランスでは益が上回ると考えた。本CQで対象となったRCTは1試験のみであるが,質の高いRCTであり,エビデンスの強さは「中」とした。

推奨決定会議の投票では、1回目は「行うことを強く推奨する」が60%(40/67)、「行うことを弱く推奨する」が40%(27/67)%であり再投票となった。そこで、臨床試験の結果を再度確認するとともに、HER2低発現の病理判定が難しいことは推奨を決定するうえで考慮しないことなどを確認したうえで、二回目の投票を行った。二回目では「行うことを強く推奨する」が74%(51/69),「行うことを弱く推奨する」が26%(18/69)となり、推奨は「トラスツズマブ デルクステカンの投与を強く推奨する」に決定した。

検索キーワード・参考にした二次資料

 検索期間を2023年2月までとして,PubMedで"her2-low","breast neoplasms","breast cancer","trastuzumab deruxtecan"のキーワードで検索し57件がヒットした。一次スクリーニング及び二次スクリーニングで,1つのRCTに関する1編の論文が抽出された。

参考文献

1)Horisawa N, Adachi Y, Takatsuka D, Nozawa K, Endo Y, Ozaki Y, et al: The frequency of low HER2 expression in breast cancer and a comparison of prognosis between patients with HER2-low and HER2-negative breast cancer by HR status. Breast Cancer. 2022: 29(2):234-241. [PMID: 34622383]

2)Prat A, Bardia A, Curigliano G, Hammond M, Loibl S, Tolaney S, et al: An Overview of Clinical Development of Agents for Metastatic or Advanced Breast Cancer Without ERBB2 Amplification (HER2-Low). JAMA Oncol. 2022: 8(11): 1676-1687. [PMID: 36107417]

3)Modi S, Jacot W, Yamashita T, Sohn J, Vidal M, Tokunaga E, et al: Trastuzumab Deruxtecan in Previously Treated HER2-Low Advanced Breast Cancer. N Engl J Med. 2022: 387(1):9-20. [PMID: 35665782]