CQ27  HER2陽性転移・再発乳癌に対する一次治療として,トラスツズマブ エムタンシンは推奨されるか?

推奨

●トラスツズマブ エムタンシンの投与を行わないことを弱く推奨する。

推奨の強さ:3,エビデンスの強さ:弱,合意率:79%(27/34)


推奨におけるポイント
■現在の標準治療であるトラスツズマブ,ペルツズマブ,タキサン併用療法との比較はなく,治療効果として劣る可能性がある。
■高齢者や併存症,全身状態の観点から化学療法の適応とならない患者は本CQの対象ではない。
■推奨決定会議では3回の投票となり,「行うことを弱く推奨する」と「行わないことを弱く推奨する」に分かれた。

背 景・目 的

 本CQではHER2陽性転移・再発乳癌に対する一次治療としてのトラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)の有効性について検証する。

 本ガイドラインにおけるHER2陽性転移・再発乳癌に対する「一次治療」の定義は,その再発時期にかかわらず,転移・再発後に「最初に行う治療」とする。その次に施行される治療を「二次治療」とする〔☞治療編 総説.Ⅴ.4.a.a-1.1)参照〕。

 「一次治療(転移・再発後に最初に行う抗HER2療法)」で推奨されるレジメンを決めるための因子として,「周術期治療の内容」と「転移・再発までの期間(“treatment-free-interval”)」が挙げられる。

解 説

 一次治療としてのトラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)の有効性を検討したランダム化比較試験1)が1編存在し,定性的システマティック・レビューを行った。

 T-DM1+プラセボ(T-DM1群)vs T-DM1+ペルツズマブ(T-DM1+ペルツズマブ群)vsトラスツズマブ+タキサン(対照群)の第Ⅲ相試験(MARIANNE)(n=1,095)において,無増悪生存期間(PFS)(観察期間中央値35カ月,T-DM1群14.1カ月,対照群13.7カ月)の延長は認めないが,劣らない〔T-DM1群vs対照群,ハザード比(HR)0.91,95%CI 0.73-1.33〕。また,術前もしくは術後薬物療法でトラスツズマブ,ラパチニブ,タキサンの投与歴がある症例のほうがT-DM1によるPFS延長効果は大きい傾向を示した。OSの中間解析では3群間に差を認めなかった。安全性においてはT-DM1群のほうが対照群に比べ,Grade 3以上の毒性が少なく(45.4% vs 54.1%),AST上昇(6.6% vs 0.3%),血小板減少(6.4% vs 0%),貧血(4.7% vs 2.8%)がみられた。また,QOLを維持できる期間がT-DM1群のほうが対照群に比べ有意に長い(7.7カ月vs 3.6カ月,HR 0.70,95%CI 0.57-0.86)。

 上述の試験は非盲検下に行われており,エビデンスの強さは「弱」とした。

 また,本試験では対照群をトラスツズマブ+タキサンとしており,現在の標準治療であるトラスツズマブ+ペルツズマブ+タキサン併用療法とは異なるため,T-DM1による予後の延長効果(益)は明らかではないが,毒性(害)は少なく,バランスは益が上回ると考えられる。本レジメンに対する患者希望は一致していると考えられる。わが国では一次治療としては保険適用外の薬剤であり,医療経済的評価についての文献はない。

 推奨決定会議では,1回目の投票では「行うことを弱く推奨する」および「行わないことを弱く推奨する」は,それぞれ63%,34%,2回目の投票ではそれぞれ38%,59%と意見が分かれた。3回目の投票前に,現在の標準治療であるトラスツズマブ+ペルツズマブ+タキサン併用療法の代替療法となり得るか,また,高齢者や全身状態の観点から化学療法の投与が困難な症例は対象としないこととして投票した結果,「行うことを弱く推奨する」は21%,「行わないことを弱く推奨する」は79%という結果となり,推奨は「トラスツズマブ エムタンシンの投与を行わないことを弱く推奨する」に決定した。

検索キーワード・参考にした二次資料

 PubMedで,“Breast Neoplasms”, “drug therapy”, “Neoplasm Metastasis”, “Neoplasm Recurrence”, “Local”, “metastatic”, “advanced”, “ErbB-2”, “Epidermal Growth Factor”, “Phosphoproteins”, “Proto-Oncogene Proteins”, “her2”, “Antibodies”, “Monoclonal”, “Humanized/therapeutic use”, “Antibodies”, “Monoclonal”, “Antineoplastic Combined Chemotherapy Protocols/therapeutic use”, “Antineoplastic Agents/therapeutic use”, “Antineoplastic Agents”, Cochraneで,“Breast Neoplasms”, “Drug therapy”, “metastatic or advanced or reccurren”, “erbB-2 or her2 or her-2”,医中誌で,“乳房腫瘍”,“薬物療法”,“転移性腫瘍”,“転移”,“腫瘍”,“再発”,“再発転移”,“erbB-2”,“Receptor”,“her2”, “her-2”,“メタアナリシス”,“ランダム化比較試験”,“準ランダム化比較試験”,“比較研究”,“診療ガイドライン”のキーワードで検索した。

 本CQに対して2021年3月までの期間で文献検索を行った結果,PubMed:841編,Cochrane:242編,医中誌:86編が抽出された。一次スクリーニングで91編の文献が抽出され,二次スクリーニングで29編の文献が抽出された。うち本CQの主旨に関するランダム化比較試験が1編存在し,これに対して定性的システマティック・レビューを行った。

参考文献

1)Perez EA, Barrios C, Eiermann W, Toi M, Im YH, Conte P, et al. Trastuzumab emtansine with or without pertuzumab versus trastuzumab plus taxane for human epidermal growth factor receptor 2-positive, advanced breast cancer:primary results from the phase Ⅲ MARIANNE study. J Clin Oncol. 2017;35(2):141-8. [PMID:28056202]