総説6    乳癌の転移・再発巣が疑われる病変の病理診断

 乳癌の既往がある人の全身に何らかの病変がみられた場合は,乳癌の既往が10年以上前であっても,乳癌からの転移巣の可能性を考える必要がある。さらに,乳癌は女性で最も発生頻度の高い癌であり,たとえその既往がなくても,女性に癌がみられた場合は,鑑別疾患に乳癌からの転移を挙げる必要がある。また,乳房腫瘤がみられた場合,非常に稀ではあるが,他臓器の悪性腫瘍からの転移も考慮する必要がある。

 本項では,癌を対象に原発臓器が乳腺かどうかの診断を行う場合を想定して,免疫組織化学法(IHC法)を用いたバイオマーカー検索の有用性を概説する。

 乳癌からの転移巣かどうかの診断の第一歩は,既往の乳癌と当該病変の組織細胞像をHE染色標本で比較することである。両者の類似性が明らかで,臨床的にも乳癌からの転移が強く疑われる場合は,HE染色標本のみで乳癌からの転移と診断できる。しかし,既往の乳癌の病理組織標本が再検討できない場合や原発臓器が乳腺以外かもしれない場合は,IHC法を用いたバイオマーカー検索が有用である。

 腺癌の原発巣の鑑別診断には,細胞特異性が高いサイトケラチン(CK)の一種であるCK7とCK20の組み合わせがしばしば用いられる。また,乳腺原発の確定診断には,乳癌に特異的と報告されているマーカー〔ホルモン受容体(エストロゲン受容体〈ER〉,プロゲステロン受容体〈PgR〉),Gross cystic disease fluid protein-15(GCDFP-15,別名BRST-2),Mammaglobin,GATA binding protein 3(GATA3)〕や鑑別疾患に特異的なマーカーの検索が行われる。

1)CK7とCK20
 CK7,CK20はいずれも細胞質に発現している。CK7陽性/CK20陰性の染色パターンを示すことが多い腫瘍は,乳癌・肺癌・胆管癌・卵巣非粘液性腺癌等で,CK7陰性/CK20陽性は大腸癌,CK7陽性/CK20陽性は卵巣粘液性腺癌,CK7陰性/CK20陰性は前立腺癌・扁平上皮癌・小細胞癌・カルチノイド,CK7とCK20がさまざまな発現パターンを示すのは胃癌・膵癌・尿路上皮癌である1)2)。Totらのレビュー報告での乳癌65例の発現状況は,CK7陽性/CK20陰性が88%(57/65),CK7陰性/CK20陽性が1%(1/65),CK7陽性/CK20陽性が11%(7/65)である2)

2)乳癌に特異的と報告されているマーカー
(1)各マーカーの特徴

 ① ホルモン受容体
 ERとPgRは,いずれも核に発現しているホルモン受容体である。ERの陽性率は,乳癌原発巣では75~80%と高値であるが,乳癌からの転移巣では50%未満と低い1)3)4)。また,ERは陽性率に差はあるものの,子宮内膜腺癌,卵巣癌,甲状腺乳頭癌,肺腺癌,胃癌,皮膚付属器腺癌等の乳癌以外の腫瘍で広く発現している5)。PgRに関しては,乳癌由来の肝転移,他臓器癌由来の肝転移,肝細胞癌,胆管細胞癌を含む肝腫瘍で検索した報告があるが,陽性率が乳癌由来の肝転移巣と他の肝腫瘍で同等であった3)したがって,ER,PgRはいずれも,感度,特異度ともに高くはなく,それら単独では,乳癌からの転移巣の確定診断に有用とはいえない。

 ② GCDFP-15
 GCDFP-15は乳腺組織から分泌される糖蛋白で,アポクリン上皮のマーカーであり,腫瘍細胞の細胞質に発現している。GCDFP-15の乳癌に対する感度は5~100%,特異度は9~100%と報告されている。乳癌以外では,皮膚付属器腺癌や唾液腺癌で高率に陽性例が認められるほか,卵巣癌や肺癌の一部で陽性例がみられる4)6)~9)

 ③ Mammaglobin
 Mammaglobinも糖蛋白で,正常組織では乳管上皮とアポクリン汗腺・エクリン汗腺の上皮の細胞質に発現している。Mammaglobinの乳癌に対する感度は33~84%,特異度は85~100%と報告されている。乳癌以外でMammaglobinの陽性所見がみられる腫瘍は,皮膚付属器腺癌,唾液腺癌,卵巣癌,子宮内膜癌等である4)6)~7)9)10)

 ④ GATA3
 GATA3はzinc fingerモチーフを有するGATAファミリーの一種で,転写因子である。IHC法では核に陽性所見を示す。GATA3の乳癌に対する感度は32~96%,特異度は71~93%と報告されている。乳癌以外では,尿路上皮癌の90%以上でGATA3が陽性である。GATA3陽性所見がみられるその他の腫瘍としては,皮膚の基底細胞癌,汗腺由来の腺癌,唾液腺癌,腎の嫌色素性細胞癌,扁平上皮癌等がある4)6)~11)

(2)GCDFP-15,Mammaglobin,GATA3の比較

 GCDFP-15やMammaglobinの感度が報告によりさまざまなのは,対象症例の選び方,IHC法の一次抗体や染色方法,カットオフなどの相違による。これらのマーカーの乳癌症例における陽性率は,小葉癌やアポクリン癌で高く,トリプルネガティブ乳癌で低い。GCDFP-15では23A3,Mammaglobinでは31A5等のマウスモノクローナル抗体を用いて,適切な染色を行えば,感度は比較的高いと考えられている。また,いずれも陽性細胞の割合が少ない症例がみられ,針生検等の小さな検体では陽性率がより低い傾向にある4)9)。GATA3は,GCDFP-15やMammaglobinに比較して感度が高く,陽性例での陽性細胞の割合が高い9)~11)。GATA3の乳癌症例での陽性率は,小葉癌等のER陽性乳癌で高く,トリプルネガティブ乳癌で低い。しかし,トリプルネガティブ乳癌における陽性率は,GCDFP-15やMammaglobinに比較すると高い。このため,トリプルネガティブ乳癌からの転移巣の診断にGATA3の活用が期待されている11)

3)鑑別疾患に特異的なマーカー
 上記の通り,乳癌に特異的と報告されているマーカーは,いずれも陽性所見を示す他臓器の癌が存在する。原発臓器が乳腺であると確定するためには,鑑別となる臓器の悪性腫瘍に特異的なマーカーを組み合わせて検索し,陰性であることを確認するとよい。臓器特異性の高いマーカーとしては,肺腺癌のThyroid transcription factor-1(TTF-1)やNapsin A,甲状腺乳頭癌のTTF-1やThyroglobulin,大腸癌のCDX2,尿路上皮癌のUroplakin-Ⅲ,卵巣癌や子宮内膜癌のPAX8,悪性黒色腫のS100,HMB45,MelanA,SOX10等がある1)。しかし,これらのマーカーに陽性となる乳癌も少数ながら存在するので注意が必要である12)

4)体腔液細胞診セルブロックを用いた検索
 核に陽性所見を示すER,PgR,GATA3,TTF-1,PAX8等は,悪性腹水や悪性胸水から作製された細胞診セルブロックでの検索にも有用である13)14)

 以上より,CKや乳癌および鑑別疾患に特異的なマーカーのIHC法は,乳癌の転移・再発巣が疑われる病変の病理診断に有用である。しかし,いずれのマーカーも偽陽性例,偽陰性例が存在するので,当該病変の存在部位,臨床経過,組織細胞像から原発臓器を推定することや,それに基づいて選択された複数のマーカーによるパネル診断が必要である。

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