総説4 細胞診や針生検で良悪性の鑑別が困難な病変の取り扱いについて
乳房の病変に対する病理学的診断方法は,細胞診と組織診とに分類される。細胞診には,穿刺吸引細胞診(FNA),捺印細胞診,乳頭異常分泌物の剝離細胞診がある。病理診断を確定するための組織診は生検と呼ばれ,生検は外科的生検と針生検(広義,needle biopsy)に分類される。さらに,広義の針生検は,バネ式で行われる狭義の針生検(CNB)と吸引式乳房組織生検(VAB)に分けられる。
細胞診や広義の針生検の診断は,外科的生検あるいは治療のための切除標本の最終診断と比較され,その精度が評価される。FNA,CNB,VABの診断精度は一般に高く,さらに,それらは外科的生検に比較して簡便で侵襲が少ない。このため,FNA,CNB,VABは,乳房の病変に対する病理学的診断方法として推奨される(☞病理BQ1参照)。
一方で,FNA,CNB,VABの診断と最終診断とが一致しない症例も少なからず存在する。診断不一致は,FNA・CNB・VABで良性,最終診断で悪性の過小診断と,FNA・CNB・VABで悪性,最終診断で良性の過大診断に分けられる。診断不一致の原因としては,① 臨床医によるサンプリングエラー,② 病理医による病変の見落とし,③ 圧挫等のアーチファクトで詳細な観察が困難,④ 細胞や少量の組織のみでは診断困難な病変の存在,等が挙げられる。サンプリングエラー,病変の見落としはいずれも過小診断の原因である。アーチファクト,診断困難病変は,過小診断,過大診断両方の原因となり得る。細胞や少量の組織のみでは診断困難な病変の最終診断は,良性であれば,乳管内乳頭腫(intraductal papilloma),乳管腺腫(ductal adenoma),乳腺症型線維腺腫(fibroadenoma,mastopathic type/complex type),乳腺症(mastopathy),放射状硬化性病変〔radial sclerosing lesion,同義語;放射状瘢痕(radial scar)〕,悪性であれば低異型度の非浸潤性乳管癌(DCIS),古典型の非浸潤性小葉癌(LCIS)等で,切除標本でも良悪性が確定できない場合もある。
平坦型上皮異型(FEA),異型乳管過形成(ADH),異型小葉過形成(ALH)等の癌の基準は満たさないが上皮に異型を伴う病変を示す用語が,細胞診や広義の針生検で診断困難な乳管・小葉内病変に対して用いられることがある。
1)平坦型上皮異型(flat epithelial atypia;FEA)
FEAは,WHO分類第5版では“columnar cell lesions(CCLs), including flat epithelial atypia”の項に記載されている1)。CCLsの定義は,終末乳管小葉単位(TDLU)において種々の程度に拡張を示す腺管があり,円柱状の上皮に被覆されたクローナルな細胞増生からなることである。FEAはCCLsと同様の形態であるが,構成する細胞が低異型度の細胞異型(均一な細胞)を有するものと定義された。FEAは組織・細胞形態から質的に定義される病変で,ADHとは異なり量的な基準はない。FEAはADH,低異型度DCIS,管状癌と共通の遺伝子異常(16q欠失)をもって生ずる病変であり,ADHや低異型度DCISの前駆病変,あるいは初期像と考えられている。FEA単独での浸潤性乳癌発症のリスクは比較的低く,ADHやALHを合併することによりリスクが増加するとの報告がある2)。
2)異型乳管過形成(atypical ductal hyperplasia;ADH)
ADHは,乳管・小葉内に均質な異型上皮細胞が増殖するものの,質的・量的に癌の診断基準に満たない病変で,WHO分類第5版では,ADHの診断ステップが示された。Step 1として細胞像の評価(低異型度の均一な細胞から構成されているか?),Step 2として構築の評価(腫瘍性の特徴的な構築を有しているか? ① 緊満した橋状・アーチ状構造,② 球状微小乳頭状構造,③ 極性を有する腺腔,あるいは小腺房構造,④ E-cadherin陽性を示す充実性構造),Step 3として広がりの評価(次のいずれかに該当すること。① 広がりが乳管全体に及んでいない,② 乳管全体に及んでいるが2 mm以下),の順に診断を進めていく方法が記載されている3)。ADHは,極めて初期の,あるいは小さい低異型度DCISであり,微小な非浸潤癌に対する過剰治療を避けるために定義された。したがって,診断困難な乳管内増殖性病変や2腺管あるいは2 mmを超える低異型度DCISに対して,ADHという用語を用いるべきではない。ADHは元来,摘出検体について定義された病変であり,針生検での解釈には注意が必要である。ADH診断後の対側乳房を含めての浸潤癌発生リスクは,通常と比べ3~5倍のリスクであり,25年間に1%ずつ発生する(特に8~12年後の発生が多い)。また,針生検でADHと診断された後に摘出生検でDCIS以上の病変が発見される確率は10~20%である3)。ADHは,FEAから低異型度DCISまでを含み得るスペクトラムで,診断一致率は40~60%と高くはない。今後,免疫組織化学も含めた評価により,診断一致率が高まっていくことが期待される3)。
3)異型小葉過形成(atypical lobular hyperplasia;ALH)
ALHは,接合性の乏しい軽度異型を伴う上皮細胞がTDLUを主座に増生する病変で,古典型LCISとは質的,量的に区別される。WHO分類第5版では,ALHと古典型LCISを病変量のみで区別しており,前者は,腫瘍細胞により拡張し,歪んだ腺房が1小葉の50%未満のもの,後者は,腫瘍細胞により拡張し,歪んだ腺房が1小葉の50%以上のものと定義されている4)。一方,2021年のRosen’s Breast Pathologyには,ALHと古典型LCISは,病変の量と質,両方を考慮して区別すべきであると記載されている5)。すなわち,ALHと古典型LCISの診断基準は標準化されていない。両者を合わせた病変群に対してlobular neoplasia(LN)という用語が用いられることがある。ALH診断後の癌発生リスクは4~5倍であり,25年間の累積発生率は約30%である(発生率は経過により一定)4)。
FEA,ADH,ALHは,本来,十分な組織量を観察できる切除標本で定義された用語である。これらの用語を細胞診や広義の針生検の診断で用いる場合には,その用法の特異性を病理医,臨床医双方が理解しておく必要がある。すなわち,細胞診や針生検でFEA,ADH,ALHと診断された病変には,定義に準じたFEA,ADH,ALHに加えて,良性の乳腺症,悪性のDCISやLCIS,さらには,浸潤性乳癌の非浸潤癌巣が含まれる。このため,これらの病変の病理診断は,浸潤性乳癌と比較すると観察者間一致率が低い6)。したがって,細胞診や針生検でFEA,ADH,ALHと診断された病変の適切な取り扱いは,一律ではない。症例ごとに,臨床所見と病理所見を参考に切除標本あるいは経過観察後の最終診断を予測し,それに基づいて,外科的生検,再針生検,経過観察から適切な方法を選択すべきである。
「乳癌取扱い規約」の細胞診および針生検の報告様式は,細胞診あるいは針生検で診断が困難な病変を,病理医が正しく抽出,報告し,臨床医がその報告に基づいて適切に対処することを目的として作成された7)8)。この報告様式は細胞診,針生検いずれも同様な判定区分で構成されている。判定区分では,検体をまず,検体不適正(inadequate)と検体適正(adequate)に大別し,適正と判断された検体は,正常あるいは良性(normal or benign),鑑別困難(indeterminate),悪性の疑い(suspicious for malignancy),悪性(malignant)の4つに細分類する。さらに,診断した判定区分について,それぞれの診断基準に基づいた所見と推定組織型を可能な限り記載することとされている。針生検や細胞診で診断困難な病変を適切に取り扱うために,この報告様式を活用することが望まれる。
検索キーワード
PubMedで“breast Cancer”,“biopsy”,“flat epithelial atypia”,“atypical ductal hyperplasia”,“atypical lobular hyperplasia”,“lobular neoplasia”のキーワードで検索した。検索期間は2016年12月から2021年4月までとし,181件がヒットした。ハンドサーチによる検索も追加した。
参考文献
1)Schnitt SJ, Moris EA, Vincent-Salomon A. Columnar cell lesions, including flat epithelial atypia. WHO Classification of Tumours, 5th ed, Vol. 2. Breast Tumours. WHO Classification of Tumours Editorial Board. Lyon, International Agency for Research on Cancer, 2019, pp15-17.
2)Said SM, Visscher DW, Nassar A, Frank RD, Vierkant RA, Frost MH, et al. Flat epithelial atypia and risk of breast cancer:a Mayo cohort study. Cancer. 2015;121(10):1548-55. [PMID:25639678]
3)Allison KH, Collins LC, Moriya T, Sanders ME, Visscher DW. Atypical ductal hyperplasia. WHO Classification of Tumours, 5th ed, Vol. 2. Breast Tumours. WHO Classification of Tumours Editorial Board. Lyon, International Agency for Research on Cancer, 2019, pp18-21.
4)Chen YY, Decker T, King TA, Palacios J, Reis-Fiho JS, Shin SJ, et al. Atypical lobular hyperplasia. WHO Classification of Tumours, 5th ed, Vol. 2. Breast Tumours. WHO Classification of Tumours Editorial Board. Lyon, International Agency for Research on Cancer, 2019, pp68-70.
5)Hoda SA, Brogi E, Koerner FC, Rosen PP. Lobular carcinoma in situ and atypical lobular hyperplasia. Rosen’s Breast Pathology. 5th ed, Philadelphia, Wolters Kluwer, 2021, pp886-944.
6)Elmore JG, Longton GM, Carney PA, Geller BM, Onega T, Tosteson AN, et al. Diagnostic concordance among pathologists interpreting breast biopsy specimens. JAMA. 2015;313(11):1122-32. [PMID:25781441]
7)細胞診および生検材料検討小委員会.細胞診および針生検の報告様式.臨床・病理乳癌取り扱い規約.日本乳癌学会編.第18版,東京,金原出版,2018,pp76-86.
8)日本臨床細胞学会編.細胞診ガイドライン2 乳腺・皮膚・軟部骨.2015年版,東京,金原出版,2015,pp25-28.