乳癌診療ガイドライン「病理診断」領域について

 乳癌診療ガイドラインは,Minds診療ガイドライン作成マニュアルに従って作成されている。診療ガイドライン作成マニュアル2020には,「健康に関する重要な課題について,医療利用者と提供者の意思決定を支援するために,システマティック・レビューによりエビデンス総体を評価し,益と害のバランスを勘案して,最適と考えられる推奨を提示する文書」と定義されている。それらの推奨文によって,患者と医療者のshared decision makingを直接的にサポートすることが期待されている。

 一方,2018年版の乳癌診療ガイドラインの作成時にも議論となったが,診断領域においては,システマティック・レビューに耐え得る介入試験が乏しく,治療領域と同様の手法でクリニカルクエスチョン(CQ)を作成することは困難である。特に,病理診断領域のガイドラインで扱う項目には介入に関するものが少なく,あったとしてもホルモン受容体,HER2,PD-L1検査のように治療の層別化因子であるため,それらの結果に基づいた臨床試験の成績は治療領域で検討されている。また病理診断領域では,介入による明らかな害(薬物療法による副作用や局所療法による後遺症等)を想定しにくい。病理診断で想定される主な害は,その診断自体が不適切,あるいは,診断結果が不適切に理解され,その後の医療行為が誤って選択されることである。2018年版では,この害をできる限り回避すべく,病理診断に従事する人(検体採取を行う臨床医,病理医,臨床検査技師)と病理診断を利用する人(臨床医,患者)を対象に,適切な病理診断が報告されることと病理診断結果が適切に理解されることを目的に作成された。その内容は間接的に,患者と医療者のshared decision makingをサポートしている。

 2022年版の病理診断領域ガイドラインも,2018年版と同様の方針で作成された。CQとして検討可能な項目はないため,すべての項目はバックグラウンドクエスチョン(BQ),フューチャーリサーチクエスチョン(FRQ),総説のいずれかとなっている。これらについて,検査の意義,方法,判定基準,有用性について文献検索を行い検討した。検査方法や判定基準が標準化されていない場合は,診断自体が不適切,あるいは,診断結果を不適切に理解される可能性が高く,特に注意を喚起した。2018年版出版後に改訂された国際的ガイドライン(HER2,ホルモン受容体)については,その主旨を検討のうえ,適宜内容に反映させた。記載内容の正当性を支持する報告が多い項目はBQに,少ない項目はFRQとした。新設項目は浸潤性乳癌におけるPD-L1検査,がん遺伝子パネル検査についての2項目で,いずれもFRQである。乳癌の転移・再発巣診断における免疫組織化学法と乳管内増殖性病変の免疫組織化学法による検索は総説に,非浸潤性乳管癌の核グレードや面疱壊死についてはBQに移動させた。

 以上のように,病理診断領域のガイドラインは他領域のガイドラインと背景が異なるため,内容や体裁が異なる。しかし,医療行為における患者と医療者の意思決定に役立つための適切な情報を提供するという目的は共通している。本ガイドラインが他領域のガイドラインと合わせて,より多くの臨床現場で活用されることを期待したい。