FRQ7  早期高齢者乳癌患者に対して周術期薬物療法は勧められるか?

 癌治療において高齢者は併存症,臓器機能の面から薬物療法の合併症により標準治療が不十分な場合が多い。乳癌診療ガイドライン2018年版において「高齢者乳癌に対する術後薬物療法として何が勧められるか?」としてCQ26に内分泌療法,化学療法,抗HER2療法に関しての記載がある。しかし,2022年版を作成するにあたり,高齢者に限定したランダム化比較試験は少数であり,システマティック・レビューを行うことができない項目もあるためFRQとした。また,化学療法および抗HER2療法に関しては,「高齢者のがん薬物療法ガイドライン」(日本臨床腫瘍学会/日本癌治療学会 編集,南江堂,2019年)内に下記の3つのCQがあり,詳細に説明されているので,そちらを参照されたい。

① CQ10:高齢者ホルモン受容体陽性,HER2陰性乳がんの術後化学療法でアントラサイクリン系抗がん薬を投与すべきか?
② CQ11:高齢者トリプルネガティブ乳がんの術後化学療法でアントラサイクリン系抗がん薬の省略は可能か?
③ CQ12:高齢者HER2陽性乳がん術後に対して,術後薬物療法にはどのような治療が推奨されるか?

FRQ7a 内分泌療法の場合

ステートメント

●ホルモン受容体陽性の高齢者乳癌に対する術後内分泌療法として,アロマターゼ阻害薬もしくはタモキシフェンを投与することが妥当である。

背 景

 乳癌診療ガイドライン2018年版ではCQ26aとしてレビューを行い,「ホルモン受容体陽性の高齢者乳癌に対する術後内分泌療法として,アロマターゼ阻害薬もしくはタモキシフェンの投与を強く推奨する」とした。今回,2022年版を作成するにあたり,下記検索キーワードで文献検索を行ったが,高齢者に限定したランダム化第Ⅲ相比較試験は存在しなかった。このため,EBCTCGメタアナリシス1)やBIG 1-98/ATAC試験2)など大規模臨床試験のサブグループ解析をもとにレビューを行った。なお,本FRQで採用した内分泌療法に対する試験では,主に70歳以上と70歳未満で比較していたため,70歳以上を高齢者と定義した。

解 説

 EBCTCGメタアナリシスのサブグループ解析(70歳以上)では,無治療に対してタモキシフェンを投与することにより,全生存期間(OS)は有意ではない(p=0.09)ものの,ハザード比(HR)0.80と改善する傾向にあり,再発率に関しては有意に改善する結果であった(HR 0.52,95%CI 0.35-0.75)1)。有害事象の一つである,子宮内膜癌の発生率は55~69歳の群では増加する(相対リスク2.96,p=0.0001)ものの,70歳以上では両群で差はなかった。

 アロマターゼ阻害薬5年投与とタモキシフェン5年投与を比較したメタアナリシスのサブグループ解析(70歳以上)では,アロマターゼ阻害薬群で再発率は低い傾向にあったが,その差は大きいものではない(HR 0.81,95%CI 0.67-0.99)3)。また,OSに関しては,全体でもアロマターゼ阻害薬とタモキシフェンに有意差はなく(8年時累積死亡率18.0% vs 17.8%,p=0.3),高齢者に限定した解析はない。このため有効性の観点から,タモキシフェン,アロマターゼ阻害薬のいずれかに限定することはできない。

 有害事象においては,骨折・骨粗鬆症は年齢に関係なくアロマターゼ阻害薬内服により増加する。また,75歳以上では虚血性心疾患がアロマターゼ阻害薬により増加する傾向であった。血栓症は両群で差を認めていない。

 高齢者であってもホルモン受容体陽性乳癌に対しては,内分泌療法により再発抑制効果を認めるため,再発リスクに応じて内分泌療法を施行すべきである。しかし,アロマターゼ阻害薬とタモキシフェンで,その有効性に大きな差があるとはいえない。それぞれの薬剤に特有の有害事象があるため,患者の併存症,患者希望,副作用に併せて薬剤選択を行うべきである。

検索キーワード・参考にした二次資料

 PubMed,Cochraneで,“Breast Neoplasms/therapy”,“Aged”,“Adjuvant”のキーワードを用いて検索し,それぞれ682編,139編が抽出された。また,医中誌で,乳房腫瘍,高齢者,アジュバント療法のキーワードを用いて検索し,7編が抽出された。計828編が抽出され,一次スクリーニングで6編,二次スクリーニングで3編の論文が抽出された。

参考文献

1)Early Breast Cancer Trialists’ Collaborative Group(EBCTCG), Davies C, Godwin J, Gray R, Clarke M, Cutter D, et al. Relevance of breast cancer hormone receptors and other factors to the efficacy of adjuvant tamoxifen:patient-level meta-analysis of randomised trials. Lancet. 2011;378(9793):771-84. [PMID:21802721]

2)Crivellari D, Sun Z, Coates AS, Price KN, Thürlimann B, Mouridsen H, et al. Letrozole compared with tamoxifen for elderly patients with endocrine-responsive early breast cancer:the BIG 1-98 trial. J Clin Oncol. 2008;26(12):1972-9. [PMID:18332471]

3)Dowsett M, Cuzick J, Ingle J, Coates A, Forbes J, Bliss J, et al. Meta-analysis of breast cancer outcomes in adjuvant trials of aromatase inhibitors versus tamoxifen. J Clin Oncol. 2010;28(3):509-18. [PMID:19949017]

FRQ7b 化学療法の場合

ステートメント

●高齢者乳癌に対する周術期の化学療法としては,標準的化学療法を行うことが妥当と考えられる。

背 景

 乳癌診療ガイドライン2018年版ではCQ26bとしてレビューを行い,「高齢者乳癌に対する周術期の化学療法として標準的化学療法を行うことが推奨される」とした。その後,2019年に日本臨床腫瘍学会/日本癌治療学会から「高齢者のがん薬物療法ガイドライン1)が刊行され,高齢者に対する化学療法に対する詳細な検討がなされている。今回,2022年版を作成するにあたり,下記検索キーワードで文献検索を行ったが,新たな追加文献はなかった。

解 説

 文献検索において,新たな高齢者に限定したランダム化第Ⅲ相比較試験は存在しなかった。このため,高齢者の周術期薬物療法に関しては,「高齢者のがん薬物療法ガイドライン」のCQ10,およびCQ11を参照されたい1)

 一般的に高齢者とは65歳以上を指すが,日常診療においては年齢だけでなく,全身状態を評価して治療方針を考案することとなる。このため,今後は暦年齢のみではなく,身体機能,認知機能,社会的要素など高齢者総合的機能評価(comprehensive geriatric assessment;CGA)等を用いることが一般的になっていくと予測され,CGAを組み込んだ臨床試験も進行中である。また,化学療法による副作用を予測するようなツール(Cancer and Aging Research Group Chemo Toxicity Caluculator:https://www.mycarg.org/Chemo_Toxicity_Calculator)の使用もNCCNガイドラインでは推奨されている2)

検索キーワード・参考にした二次資料

 PubMed,Cochraneで,“Breast Neoplasms/therapy”,“Aged”,“Adjuvant”のキーワードで検索した。検索期間は2021年3月までとし,それぞれ682編,139編がヒットした。また,医中誌にて,乳房腫瘍,高齢者,アジュバント療法のキーワードを用いて検索し,7編が抽出された。計828編が抽出され,一次スクリーニングで18編,二次スクリーニングで4編の論文が抽出された。

参考文献

1)日本臨床腫瘍学会,日本癌治療学会編.高齢者のがん薬物療法ガイドライン.東京,南江堂,2019.

2)NCCN. Clinical practice guidelines in Oncology:Older Adult Oncology. Version 1. 2021
http://www.nccn.org(アクセス日:2021/9)

FRQ7c HER2陽性乳癌の場合

ステートメント

●HER2陽性の高齢者乳癌に対して術後化学療法を行うとき,化学療法と抗HER2療法を併用することが妥当と考えられる。

背 景

 乳癌診療ガイドライン2018年版ではCQ26cとしてシステマティック・レビューを行い「HER2陽性の高齢者乳癌に対して術後化学療法を行うとき,抗HER2療法を併用することを強く推奨する」とした。その後,2019年に日本臨床腫瘍学会/日本癌治療学会から「高齢者のがん薬物療法ガイドライン」1)が刊行され,高齢者HER2陽性乳癌術後に対する薬物療法に対して詳細な検討がなされている。しかし,乳癌診療ガイドライン2018年版同様に,採用されている4つのランダム化第Ⅲ相比較試験はいずれも高齢者を対象としたものではなく,サブグループ解析に対する定性的システマティック・レビューである。2022年版を作成するにあたり,下記検索キーワードで文献検索を行い,これまでの論文に新たに1件の文献が追加された。

解 説

 高齢者を含むHER2陽性の術後薬物療法に関する,4つのランダム化第Ⅲ相比較試験はHERA試験2),BCIRG 006試験3),NSABP B-31試験4),N 9831試験5)である。いずれの試験も高齢者の割合は低いものの,60歳以上のサブグループ解析においても,無病生存期間(DFS),OSの改善を認めている。

 しかし,トラスツズマブ追加による副作用として最も懸念される心毒性に関してNSABP B-31/N 9831試験で報告されており,60歳以上の患者では50歳未満の患者に比し,心血管イベントが高率(HR 3.2,95%CI 1.55-6.81)であったことに留意が必要である。

 これまでHER2陽性の術後薬物療法において,化学療法を併用しない場合のトラスツズマブ単剤の有効性は示されていなかった。わが国で行われたRESPECT試験では70~80歳のHER2陽性乳癌患者275人を,試験治療であるトラスツズマブ単独療法群と標準治療である化学療法+トラスツズマブ併用療法群に割り付けている6)。主評価項目である無増悪生存期間(PFS)(3年)は単独療法群:89.5%,併用療法群:93.8%(HR 1.36,95%CI 0.72-2.58,p=0.51)であり,非劣性は証明されなかった。しかし,副作用は食思不振:7.4% vs 44.3%(p<0.0001),脱毛:2.2% vs 71.7%(p<0.0001),Grade 3~4以上の非血液毒性:11.9% vs 29.8%(p=0.0003)(いずれも単独療法群vs併用療法群)であり副作用は少なかった。また,QOLは治療開始1年時までは有意に良好であった。以上の結果から,化学療法が投与できない高齢者にはトラスツズマブ単独療法も選択肢の一つとなり得ることが示唆された。

検索キーワード・参考にした二次資料

 PubMed,Cochraneで,“Breast Neoplasms/therapy”,“Aged”,“Adjuvant”のキーワードで検索した。検索期間は2021年3月までとし,それぞれ682編,139編がヒットした。一次スクリーニングで18編,二次スクリーニングで5編の論文が抽出された。

参考文献

1)日本臨床腫瘍学会,日本癌治療学会編.高齢者のがん薬物療法ガイドライン.東京,南江堂,2019.

2)Cameron D, Piccart-Gebhart MJ, Gelber RD, Procter M, Goldhirsch A, de Azambuja E, et al;Herceptin Adjuvant(HERA)Trial Study Team. 11 years’ follow-up of trastuzumab after adjuvant chemotherapy in HER2-positive early breast cancer:final analysis of the HERceptin Adjuvant(HERA)trial. Lancet. 2017;389(10075):1195-205. [PMID:28215665]

3)Slamon D, Eiermann W, Robert N, Pienkowski T, Martin M, Press M, et al;Breast Cancer International Research Group. Adjuvant trastuzumab in HER2-positive breast cancer. N Engl J Med. 2011;365(14):1273-83. [PMID:21991949]

4)Perez EA, Romond EH, Suman VJ, Jeong JH, Sledge G, Geyer CE Jr, et al. Trastuzumab plus adjuvant chemotherapy for human epidermal growth factor receptor 2-positive breast cancer:planned joint analysis of overall survival from NSABP B-31 and NCCTG N9831. J Clin Oncol. 2014;32(33):3744-52. [PMID:25332249]

5)Tolaney SM, Barry WT, Dang CT, Yardley DA, Moy B, Marcom PK, et al. Adjuvant paclitaxel and trastuzumab for node-negative, HER2-positive breast cancer. N Engl J Med. 2015;372(2):134-41. [PMID:25564897]

6)Sawaki M, Taira N, Uemura Y, Saito T, Baba S, Kobayashi K, et al;RESPECT study group. Randomized controlled trial of trastuzumab with or without chemotherapy for HER2-positive early breast cancer in older patients. J Clin Oncol. 2020;38(32):3743-52. [PMID:32936713]