CQ13   術前薬物療法で病理学的完全奏効(pCR)が得られなかったHER2陽性早期乳癌に対する術後薬物療法として,トラスツズマブ エムタンシンは勧められるか?

推奨

●トラスツズマブ エムタンシン14サイクルの投与を強く推奨する。

推奨の強さ:1,エビデンスの強さ:中,合意率:87%(33/38)


推奨におけるポイント
■行われた術前化学療法が,本CQの根拠になったKATHERINE試験の規定に合致するかを確認すること(「解説」赤字を参照)。
■乳房およびリンパ節での浸潤癌の消失,または乳管内成分のみ遺残する場合をpCRと定義している。

背 景・目 的

 HER2陽性乳癌において術前化学療法によってpCRが得られなかった(non pCR)場合はpCRが得られた場合に比べ予後不良であることが示されている。本CQではnon pCR症例の予後を改善するため,術前化学療法でnon pCRかどうかを指標に術後療法を検討する治療,いわゆるresidual disease-guided approach(残存病変に基づく治療)としてのトラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)の意義を検討した。

解 説

 HER2陽性乳癌において,pCRを指標として術後治療を追加または変更する治療戦略の意義を検証した試験として,1件のRCT(KATHERINE試験)から2編の報告を認めた。

 KATHERINE試験では,HER2陽性乳癌に対しトラスツズマブを含む標準的な術前化学療法後に手術を行い,pCRが得られていない(non-pCR)1,486例(日本人は含まない)を,術後に14サイクルの,トラスツズマブを投与する群とT-DM1を投与する群に1対1にランダム化割り付けした1)。なお,本試験では術前化学療法として,最低9週間のタキサン系薬剤の投与を含む少なくとも6サイクルの化学療法と最低9週間のトラスツズマブ投与が規定されていた。また,抗HER2療法として,トラスツズマブ+ペルツズマブ併用療法は18%に施行されていた。

 試験治療中に,内分泌療法と放射線療法が必要な場合は標準的治療を併用することが許容された(☞放射線BQ94)参照)。pCRの定義は,乳房およびリンパ節での浸潤癌の消失で,乳管内成分のみ遺残する場合もpCRとされた。追跡期間の中央値がトラスツズマブ群で40.9カ月,T-DM1群で41.4カ月の時点での中間解析で有効性が事前に規定された水準を上回り,結果が公表された。

 主要評価項目であるIDFS(浸潤癌の無病生存期間)の延長は,ハザード比(HR)0.50(95%CI 0.39-0.64)と統計学的に有意に改善され,その絶対値は3年のIDFSイベント割合を22.2%から12.2%へ10%低下させた。全生存期間(OS)の延長はHR 0.70(95%CI 0.47-1.05)と統計学的に有意でなかったが,T-DM1群で良好な傾向を認めた。観察期間の中央値が41.4カ月の時点での絶対値は,死亡割合を7.5%から5.7%へ低下させた。

 害としてはQOLの低下について,トラスツズマブ群621例,T-DM1群640例を対象としてEORTC QLQ-C30:GHSを用いた臨床的意義のある低下をイベントとして解析したが,リスク比は1.09(0.96-1.23)と統計学に有意なQOLの低下は認めなかった2)。血小板減少はトラスツズマブ群で2.4%,T-DM1群で28.5%であり,リスク比12.08(7.45-19.58)と統計学的に有意に増加しており,Grade 3以上の血小板減少は5.7%で1例の死亡例が含まれていた。Grade 3以上の肝障害はリスク比1.46(0.24-8.71)と統計学的な有意差は認めなかった。Grade 3以上の有害事象はトラスツズマブ群が15.4%,T-DM1群が25.7%でリスク比1.67(1.35-2.06)と統計学的に有意に増加していたが,その半数は血小板数の減少であった。

 益と害のバランスについては,血小板減少のリスクの大幅な増加があり,Grade 3以上の有害事象の増加もあるが明らかなQOL低下はなく,益の臨床的意義は非常に大きいため,益が害を上回ると判断した。本研究は大規模な第Ⅲ相RCTであり,IDFSの改善は臨床的な意義が大きいと判断されるが中間解析の結果であることと,本CQに該当するRCTは1つのみであることから,エビデンスの強さは「中」とした。患者希望は,予後改善の絶対値が大きいことから,概ね一貫してT-DM1を行う方向に向かうと判断した。

 推奨決定会議の投票の結果は,「行うことを強く推奨する 33/38,合意率 87%」,「行うことを弱く推奨する 5/38」であり,推奨は,術前薬物療法で病理学的完全奏効(pCR)が得られなかったHER2陽性早期乳癌に対する術後薬物療法として,「トラスツズマブ エムタンシン14サイクルの投与を強く推奨する」とした。

検索キーワード・参考にした二次資料

 PubMed,医中誌,Cohrane Libraryで,#1(breast neoplasms)or(breast cancer*),#2((adjuvant or postoperative or preoperative or neoadjuvant)and(chemotherapy or(drug therapy))),#3(“trastuzumab emtansine”or T-DM1 or TDM1 or(response guide*)or Kadcyla)をキーワードとし,検索を行った。検索期間は2021年5月21日までとした。

 その結果,285編の論文が抽出された。一次・二次スクリーニングで残った,本CQの主旨に合致する2編の論文(1つのRCT)を用いて定性的および定量的システマティック・レビューを行った。

参考文献

1)von Minckwitz G, Huang CS, Mano MS, Loibl S, Mamounas EP, Untch M, et al;KATHERINE Investigators. Trastuzumab emtansine for residual invasive HER2-positive breast cancer. N Engl J Med. 2019;380(7):617-28. [PMID:30516102]

2)Conte P, Schneeweiss A, Loibl S, Mamounas EP, von Minckwitz G, Mano MS, et al. Patient-reported outcomes from KATHERINE:a phase 3 study of adjuvant trastuzumab emtansine versus trastuzumab in patients with residual invasive disease after neoadjuvant therapy for human epidermal growth factor receptor 2-positive breast cancer. Cancer. 2020;126(13):3132-9. [PMID:32286687]