FRQ8 妊娠期乳癌に対して周術期の薬物療法は勧められるか?
背 景
妊娠期乳癌は比較的稀であるが,出産年齢の高齢化と乳癌罹患率の上昇でわが国でも増加傾向にある1)。妊娠期乳癌は母体と胎児,両者の健康を考慮に入れて治療を行わなければならず,多職種が関わったマネジメントが必要である。妊娠期乳癌に対する薬物療法の前向き介入研究は存在せず,本項では限られた報告から妊娠期乳癌に対する薬物療法の安全性について検討した。
解 説
1)化学療法
化学療法を器官形成期にあたる妊娠前期(first trimester,0~14週未満)に行うことで先天性奇形,染色体異常,死産,流産のリスクが高まり,胎児奇形は出生児の15~20%に認められると報告されている2)。よってこの時期に化学療法を行うべきではない。妊娠中期(second trimester,14~28週未満)および妊娠後期(third trimester,28週以降)に化学療法を行っても,先天性奇形の頻度は1~4%と一般的な妊娠・出産の頻度と変わらないことが複数の後ろ向き研究で報告されている3)4)。しかし,妊娠中期以降の化学療法により,胎児発育不良,早産や出産後の器官未成熟の割合の増加が報告されている5)。妊娠中期以降で化学療法を行った81例の前向き観察研究では,先天異常は3%と一般コホートと変わりない結果であった6)。447例の前向き観察研究では,化学療法施行例で低出生体重児,産科的合併症が多い傾向にあったが,臨床的に有意な差は認められなかった7)。以上から,妊娠中の化学療法は長期の安全性が確立しておらず,娩出後に行うのが原則であるが,妊娠中期・後期で化学療法が必要と判断される際には考慮してもよい。
妊娠期乳癌で最も安全性と有効性が示されているレジメンは,AC療法(ドキソルビシン+シクロホスファミド)とFAC療法(フルオロウラシル+ドキソルビシン+シクロホスファミド)である3)5)~7)。しかし,アンスラサイクリン系薬剤の曝露による胎児の心疾患や不妊への影響に関する長期のデータは不足している。Dose-dense AC療法やエピルビシンに関する安全性のデータはより少ない。
タキサン(パクリタキセル,ドセタキセル)投与に関するレビューは2件あり,いずれも妊婦・胎児への安全性や忍容性は保たれているとの報告であった8)9)。ただし,あくまで少数例で報告された後ろ向き研究のレビューであり,出版バイアスの関与は否定できない。タキサンはドキソルビシンと比較して妊娠期乳癌での使用例が少ないため,現時点ではアンスラサイクリン投与ができない場合(既に限界量まで投与,不応例など)を除いて使用は勧められない。
2)内分泌療法
妊娠期乳癌に対する内分泌療法は,妊娠前期では催奇形性,妊娠中期以降では胎児の機能的発育への影響から使用は避けるべきである。また,エストロゲンは子宮筋を弛緩させ妊娠を維持する方向に作用しており,内分泌療法によるエストロゲン作用の抑制は妊娠継続に影響を与える可能性がある。妊娠期乳癌に対してタモキシフェンを使用した報告のレビューでは,出生した138人中16人(11.6%)で先天性奇形を認めた10)。また,タモキシフェンに関するAstraZeneca Safety Databaseの139胎児の検討では,妊娠中絶(23胎児)や自然流産(12胎児)や死産(3胎児)があり,57胎児の経過は不明であった。最終的に44胎児が出生し,このうち11人(25%)に先天性奇形を認めた11)。一般的な妊娠,出産に比べ,先天性奇形や流産の頻度が高く,妊娠期のタモキシフェンの使用は勧められない。LH-RHアゴニストやアロマターゼ阻害薬は安全性に関するデータは不足しており,その使用は勧められない。
タモキシフェンの半減期は20.6~33.8時間と長く,継続投与した場合,約4週で定常状態になるとされる。代謝産物が体内から検出されなくなるまでには内服終了後約2カ月を要するとされるため,タモキシフェンの投薬終了後2カ月は妊娠を避けるべきである12)。
3)抗HER2療法およびその他の分子標的治療
妊娠期乳癌に対する抗HER2療法の安全性は確立されていない。妊娠期乳癌にトラスツズマブを使用した17件の症例報告(18妊婦,19新生児)をまとめたレビューでは,妊娠中に最も多く認められた異常は羊水過少症で,妊娠中期以降に投与を受けた73.3%(11/15例)で認められた。妊娠前期の投与では認められなかった(0/3例)。出生時に異常を認めなかった新生児10人はその後の発育も健常であったが(観察期間中央値9カ月),出生時に異常を認めた新生児9人中4人がその後死亡した13)。HERA試験登録症例でトラスツズマブ投与中もしくは投与終了から3カ月以内に妊娠した16例の報告では,5例で妊娠継続・出産となり,妊娠出産の合併症や先天性奇形は認められなかった14)。NeoALTTO/ALLTO試験登録症例で試験薬投与中に妊娠した12例の報告では,5例で妊娠継続・出産となり,妊娠出産の合併症や先天性奇形は認められなかった15)。これらの症例は妊娠前期に抗HER2療法(トラスツズマブおよびラパチニブ)は終了していた。ペルツズマブについては症例報告を認めるのみで,T-DM1に関しては報告がない。
妊娠前期に抗HER2療法を受け出産した報告は散見されるが,いずれの報告も少数例であり長期の安全性のデータはなく,妊娠期乳癌に対して抗HER2療法は勧められない。現在進行している抗HER2療法を行った妊娠期乳癌の前向き観察研究であるMotHER試験(NCT 00833963)の結果は今後注視する必要がある。
ハーセプチンおよびトラスツズマブのバイオシミラーの添付文書には,「妊娠する可能性のある女性には,本剤投与中及び投与終了後最低7カ月間は,適切な避妊法を用いるよう指導すること。」と記載されている。トラスツズマブ投与後の安全性については十分なデータはなく,添付文書に従い,投与終了後最低7カ月間は妊娠を勧めるべきでないと考えられる。
4)支持療法
化学療法を施行する際に制吐薬として5-HT3受容体拮抗型制吐薬やデキサメタゾンを併用しても,胎児への重篤な影響は報告されていない16)17)。NK1受容体阻害薬については安全性を検討するだけのデータは十分ではない17)。また,G-CSF製剤は限られたデータによるものではあるが胎児への影響は大きくないとされている15)16)。いずれも妊娠中期以降の投与に大きな問題はないとされているが,長期の安全性は確認されていないため,使用する際には適応を慎重に判断する必要がある。
検索キーワード・参考にした二次資料
PubMedで,“breast cancer”,“pregnancy”,“safety”,“treatment”,“chemotherapy”,“endocrine therapy”,“trastuzumab”のキーワードで検索した。また,適宜ハンドサーチを追加した。また,二次資料として,日本がん・生殖医療学会編「乳がん患者の妊娠・出産と生殖医療に関する診療の手引き2021年版」(金原出版)を用いた。
参考文献
1)蒔田益次郎.妊娠関連乳癌の頻度と予後について.乳癌の臨床.2013;28(1):7-16.
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