BQ9 化学療法施行前もしくは治療中に種々のワクチン接種は推奨されるか?
背 景
癌治療,特に化学療法中は一時的な免疫能低下状態となるため,感染の高リスク群である。その状態でインフルエンザ等の感染症に罹患すると,肺炎など重篤な合併症がもたらされ,さらには死亡する危険性が増加する1)~3)。化学療法のスケジュールが遅延する可能性もある。癌治療におけるインフルエンザワクチン,肺炎球菌ワクチン,COVID-19ワクチン接種の有効性・安全性について概説した。
解 説
1)インフルエンザワクチン
現在,インフルエンザウイルスはA型のH3N2(A香港型)とH1N1(Aソ連型)およびB型の3種が世界中で共通した流行株となっているため,インフルエンザワクチンはこの3種類の混合ワクチンとなっている。わが国における季節性インフルエンザワクチン製造株は,国立感染症研究所が流行状況を検討して次シーズンの流行予測を行い,さらにWHOにより出される北半球次シーズンのワクチン推奨株を考慮して最終的に選定し,これに基づいて厚生労働省が決定している。選定されるウイルス株は毎年異なるため,毎年の接種が望ましい1)。ワクチンの感染予防効果は有効率として70~90%が期待されているが,ワクチン株の免疫抗原予測と流行株との一致の程度により,シーズンごとの有効性の変動は大きい。
有効性については,固形癌を対象として,化学療法中の骨髄抑制時でのインフルエンザ抗体産生能を検討した6件の症例対照研究,4件の症例集積が存在する2)4)~7)。症例対照研究では,固形癌患者のインフルエンザ抗体の産生能に関しては対照(健常人)群と比較して変わらないとするものが4件,劣るとしたものが2件あった2)3)4)~9)。これらの結果からは,免疫能が低下した患者へのインフルエンザワクチンは,血清学的な反応は健常人と比較して劣る可能性はあるものの,予防医学的な意義は明らかであることがメタアナリシスにより示されている10)11)。
安全性については,化学療法中のインフルエンザワクチン投与に関する情報は少ないが,特に重篤な有害事象が増加するという報告はない。化学療法施行以外の乳癌症例も含めた解析であるが,接種部位の疼痛(12.7%),頭痛(12%),鼻汁(10%),疲労感(9.2%),8~12時間程度の微熱など軽度の有害事象を認めた3)。
接種時期については,化学療法開始前(少なくとも2週間前)の実施が望ましいとされているが8)12),化学療法の途中にインフルエンザの流行期を迎えた場合には,接種のタイミングを工夫する必要がある。乳癌症例の場合,FEC含有レジメンにおける抗体産生能を比較すると,治療4日目と16日目に接種した場合,3週後の抗体産生能は治療4日目接種のほうが高いが,健常人には劣ると報告されている7)。同じグループからの続報でも,早期(化学療法後5日まで)の投与のほうが抗体産生能は高かったと報告されている9)。これらの結果からは,治療中の接種時期に関しては,骨髄機能の最下点(nadir)の時期を避けて接種することが望ましい。
2)肺炎球菌ワクチン
日本人の成人市中肺炎において,その起炎菌として最も多いのが肺炎球菌である13)。通常は,無症状のまま鼻腔,咽頭等に定着していることが多いが,65歳以上の高齢者や糖尿病,慢性心不全などの基礎疾患を有する状態では,肺炎,敗血症,髄膜炎など重篤な感染症を引き起こす場合がある。そのため,これらの患者は肺炎球菌ワクチンの定期接種の対象となっている。肺炎球菌ワクチンには,93種類に及ぶ肺炎球菌の血清型のうち,23種類の菌血清型に由来する莢膜抗原を利用した多糖体ワクチンである23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチンや13価肺炎球菌結合型ワクチンなどがある。
免疫能が低下する化学療法中の患者においても,肺炎球菌による肺炎等予防のため,ワクチン接種が重要と考えられる。
有効性については,乳癌を含む固形腫瘍を主に対象とした検討では,肺炎球菌ワクチンによる抗体価の上昇は,化学療法中であっても,健常人と同等であると報告されている3)。乳癌以外の検討では,多発性骨髄腫を対象とした研究で,半数以上の症例において抗体価の上昇が認められたとしている14)。
安全性については,インフルエンザワクチン同様に情報は少ないが,担癌状態で重篤な有害事象が発症するという報告はない3)。肺炎球菌ワクチンの主たる有害事象は,接種部位の疼痛・発赤・腫脹,発熱,筋肉痛,倦怠感,頭痛である。
接種時期については,肺炎球菌感染症はインフルエンザと異なり一年を通じて発生するため,季節にかかわらず接種が可能である。インフルエンザワクチン同様に,癌薬物療法を開始する少なくとも2週間以上前に投与することが望ましい8)。
3)COVID-19ワクチン
大規模なコホート研究により,癌患者はCOVID-19に関連する合併症のリスクが高いと報告されており15)~18),COVID-19感染症の重症化,死亡率の上昇を防ぐためにワクチン接種を行うことが勧められる。
癌患者におけるCOVID-19ワクチンに関する研究はいくつかあるものの,現時点ではその多くが抗体濃度を測定したものである19)~21)。癌患者においては健常人に比べ抗体濃度が低く,その減少の程度は顕著であったと報告されている。また,化学療法薬投与の有無や免疫チェックポイント阻害薬投与の有無によっても抗体濃度は異なると報告されており,治療内容により影響を受ける可能性が高い。しかし,真の有効性である発症予防効果に関して,癌患者と健常人の間で差があるのかどうかは不明である。ただし,これまでに一般人と比較し,癌患者におけるワクチン接種による有害事象の増加も報告されておらず,ベネフィットがリスクを上回ると考えられるため,ワクチン接種を行うことが推奨される。
COVID-19ワクチンに関しては,日本癌治療学会,日本癌学会,日本臨床腫瘍学会の3学会が合同で「新型コロナウィルス感染症(COVID-19)とがん診療についてQ & A―患者さんと医療従事者向け ワクチン編 第1版―」22)を出しているので参照されたい。
なお,COVID-19ワクチン接種により,接種側の腋窩・鎖骨上窩・頸部リンパ節の腫大が報告されており,画像上,転移と紛らわしいことがあるため,検査の際には接種歴と部位の情報を得ておくことが望ましい。
以上より,乳癌治療を受ける患者には,手術,化学療法など治療が始まる前にインフルエンザワクチン,肺炎球菌ワクチン,COVID-19ワクチンの接種を行うことが推奨される。ただし,肺炎球菌ワクチンの有効性に関してはインフルエンザワクチンに比べてエビデンスに乏しいこと,COVID-19ワクチンの癌患者における有効性のエビデンスは現時点では乏しいことには留意する必要がある。
検索キーワード・参考にした二次資料
PubMedで,“Influenza Vaccines”,“influenza vaccination”,“Pneumococcal Vaccines”,“Neoplasms”,“cancer”のキーワードを用いて検索した。
参考文献
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22)がん関連3学会(日本癌学会,日本癌治療学会,日本臨床腫瘍学会)合同連携委員会.新型コロナウイルス(COVID-19)対策ワーキンググループ(WG).新型コロナウィルス感染症(COVID-19)とがん診療についてQ & A―患者さんと医療従事者向け ワクチン編 第1版―.2021.