BQ1   ホルモン受容体陽性乳癌に対して内分泌療法は有効か?

ステートメント

ホルモン受容体陽性乳癌に対して内分泌療法は有効である

背 景

 乳癌の内分泌療法は,Beatsonにより1896年に卵巣摘出術の有効性が報告されたことに始まる。内分泌療法は癌に対する最初の分子標的治療の一つである。ホルモン受容体陽性乳癌は,エストロゲンが乳癌細胞のエストロゲン受容体に結合することにより増殖する。ホルモン受容体陽性乳癌に対する内分泌療法はその作用機序の違いから,エストロゲン受容体を標的とするもの,エストロゲンそのものを標的とするものに分類できる。女性ホルモンの供給は,閉経前女性では主に卵巣からの分泌により,閉経後女性では副腎から分泌されたアンドロゲンが主に脂肪細胞などに存在するアロマターゼにより女性ホルモンに変換されることによる。このため,閉経状況により治療法を概説する。

解 説

1)エストロゲン受容体に作用する薬剤
(1)選択的エストロゲン受容体モジュレーター(selective estrogen receptor modulator;SERM)

 このクラスの薬剤としては,タモキシフェン,トレミフェン,ラロキシフェンなどがあるが,乳癌に対してわが国で適応を有するのはタモキシフェン,トレミフェン(閉経後乳癌)である。ラロキシフェンは閉経後骨粗鬆症に対して使用されている。SERMはエストロゲン受容体のリガンド結合領域に結合して,エストロゲンがエストロゲン受容体(ER)に結合するのを競合阻害する。タモキシフェンは臓器によって,エストロゲンの部分的なアゴニストとしてもアンタゴニストとしても作用する1)。子宮内膜,骨,心血管系,肝臓などではアゴニストとしての作用を有することが知られている。

 タモキシフェンは,浸潤性乳癌の術後(☞薬物CQ23参照),転移・再発乳癌(☞薬物CQ1820参照)に対してのみならず,非浸潤乳癌の術後(☞薬物CQ1参照),乳癌発症高リスク例の乳癌発症予防(☞乳癌診療ガイドライン②疫学・診断編2022年版,疫学・予防BQ17参照)にも有効性が示されている。

(2)選択的エストロゲン受容体分解薬(selective estrogen receptor degrader;SERD)
 現在使用可能な薬剤はフルベストラントである。ERの二量体化を阻害するとともに,エストロゲン受容体自体の分解を促進することでその機能を発揮する2)。SERMとは異なりアゴニスト作用をもたず,SERMがエストロゲン作用を示す子宮内膜,骨などでも抗エストロゲン作用を示す。フルベストラントはタモキシフェンと比べ,エストロゲン受容体の親和性が100倍程度高い。

 転移・再発乳癌において,単剤もしくはCDK4/6阻害薬との併用で治療選択肢となる(☞薬物CQ192021参照)。

2)エストロゲン生成に影響する薬剤
(1)卵巣機能抑制
 卵巣機能抑制方法としては,LH-RHアゴニスト,両側卵巣摘出術,放射線照射がある(卵巣機能抑制方法について☞薬物BQ5参照)。LH-RHアゴニストとしてわが国で使用可能なのはゴセレリン,リュープロレリンである。LH-RHアゴニストは下垂体における黄体形成ホルモン(luteinizing hormone;LH),卵胞刺激ホルモン(follicle stimulating hormone;FSH)の生成を抑制することで卵巣からのエストロゲンの生成を抑制する。LH-RHアゴニストが下垂体のLH-RH受容体と結合すると,LH,FSHの放出が一過性に亢進するが,LH-RHアゴニストによる刺激が継続すると,下垂体のLH-RH受容体の取り込みと分解が亢進して,LH-RH受容体数の減少(down regulation)を招き,下垂体細胞のLH-RHへの反応性が低下して,LH,FSHの生成が抑制される3)4)。このため,LH-RHアゴニスト投与直後には一過性のLH,FSHの上昇をきたす可能性があることに注意が必要である。乳癌術後について,LH-RHアゴニストは単剤あるいは併用で再発を低減することが示されているが5),現在では通常単独では使用されない。また,LH-RHアゴニストを併用することで閉経後状態として,閉経前もしくは閉経期の症例に対して閉経後の標準治療を行うことは海外では広く行われている。

(2)アロマターゼ阻害薬
 閉経後女性では,卵巣からのエストロゲン分泌がなく,脂肪などの末梢組織が主なエストロゲン産生源となる。副腎皮質から分泌されるアンドロゲン(男性ホルモン)は,脂肪組織などに存在するアロマターゼによりエストロゲンに変換される。アンドロゲンのうち,テストステロンの1%未満がエストラジオールに,アンドロステンジオンの2~3%がエストロンに変換されると報告されている6)。現在わが国で広く使用されているアロマターゼ阻害薬として,レトロゾール,アナストロゾール,エキセメスタンがある。レトロゾール,アナストロゾールは非ステロイド性アロマターゼ阻害薬であり,アロマターゼ活性を可逆的に阻害する7)。エキセメスタンはステロイド性アロマターゼ阻害薬で,アロマターゼ活性を非可逆的に阻害する8)これらの薬剤間における有効性の差異はないと考えられている9)。閉経後乳癌の術後(☞薬物CQ3参照)10),転移・再発における有効性(☞薬物CQ20参照)11)が示されている。また,乳癌発症高リスク例の乳癌発症予防(☞乳癌診療ガイドライン②疫学・診断編2022年版,疫学・予防BQ17参照)にも有効性が示されている。

3)その他
(1)黄体ホルモン製剤
 わが国で使用可能なのは酢酸メドロキシプロゲステロン(medroxyprogesterone acetate;MPA)であり,合成黄体ホルモン薬である。酢酸メゲストロールも海外では使用されるが,わが国では発売されていない。乳癌に対する抗腫瘍効果の作用機序は十分に解明されていない。MPAはランダム化比較試験でタモキシフェンと同程度の有効性が示唆されているが12)13),有害事象として血栓症に注意する必要がある(☞薬物CQ22参照)。

(2)エストロゲン療法
 ホルモン受容体陽性乳癌に対する治療戦略はエストロゲン作用の除去を主体に検討されてきているが,エチニルエストラジオールは,基礎実験において,エストロゲン枯渇療法後に使用することで乳癌細胞をアポトーシスに導くことが報告されている14)。タモキシフェンとジエチルスチルベストロール(DES)を比較したランダム化比較試験では,奏効割合,無増悪生存期間(PFS)には差がなく,DESでは心血管合併症が多いことが報告されていたが,その後の長期経過観察では全生存期間(OS)はむしろDESが優れる傾向が認められた15)(☞薬物CQ22参照)。  黄体ホルモン製剤は血栓症や体重増加,エストロゲン療法は血栓症や腟出血などの有害事象があるため,使用される場合でも後方ラインでの投与がなされる(☞薬物CQ22参照)。

検索キーワード・参考にした二次資料

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参考文献

1)McInerney EM, Katzenellenbogen BS. Different regions in activation function-1 of the human estrogen receptor required for antiestrogen- and estradiol-dependent transcription activation. J Biol Chem. 1996;271(39):24172-8. [PMID:8798658]

2)Miller TW. Endocrine resistance:what do we know? Am Soc Clin Oncol Educ Book. 2013. [PMID:23714450]

3)ゾラデックスLA 10.8 mgデポ医薬品インタビューフォーム.2017年1月改定.アストラゼネカ株式会社.

4)リュープリンSR注射用キット11.25 mg リュープリンPRO注射用キット22.5 mg 医薬品インタビューフォーム.2020年12月改定.武田薬品工業株式会社.

5)Bui KT, Willson ML, Goel S, Beith J, Goodwin A. Ovarian suppression for adjuvant treatment of hormone receptor-positive early breast cancer. Cochrane Database Syst Rev. 2020;3(3):CD013538. [PMID:32141074]

6)林慎一,徳田恵美.エストロゲン依存性乳癌の分子機構と内分泌療法.東京,日本臨床社,2017.

7)Smith IE, Dowsett M. Aromatase inhibitors in breast cancer. N Engl J Med. 2003;348(24):2431-42. [PMID:12802030]

8)Jones SA, Jones SE. Exemestane:a novel aromatase inactivator for breast cancer. Clin Breast Cancer. 2000;1(3):211-6. [PMID:11899645]

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10)Early Breast Cancer Trialists’ Collaborative Group(EBCTCG). Aromatase inhibitors versus tamoxifen in early breast cancer:patient-level meta-analysis of the randomised trials. Lancet. 2015;386(10001):1341-52. [PMID:26211827]

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12)Gill PG, Gebski V, Snyder R, Burns I, Levi J, Byrne M, et al. Randomized comparison of the effects of tamoxifen, megestrol acetate, or tamoxifen plus megestrol acetate on treatment response and survival in patients with metastatic breast cancer. Ann Oncol. 1993;4(9):741-4. [PMID:8280654]

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