日本乳癌学会が作成した『患者さんのための乳がん診療ガイドライン』では,疫学・予防,検診・診断,治療(薬物療法,外科療法,放射線療法),検査,療養などの各領域において,重要な項目を選んで解説しています。

ここでは,乳がん診療全体を理解しながらガイドラインを活用し,乳がん診療を正しく受けていただくために,以下の診療の流れ①から③-2に沿って解説します。

診療の流れ① 検診・診断   図1

日本人女性では乳がんにかかる人の数は増加しており,特に40歳代から乳がんと診断される可能性が高くなります(☞Q5)。そのため,40歳を過ぎたら自覚症状がない女性でも,2年に1回は乳がん検診を受けることが推奨されています(☞Q5)。遺伝性乳がん家系の女性(☞Q4)は,40歳未満から検診を受けることが勧められています。自覚症状がある女性は年齢に関係なく,病院・診療所などの医療機関を受診してください。自覚症状として一番多いのは,乳房のしこり,乳頭からの分泌液,乳房の痛み,などです。月1回程度のセルフチェックでこれらの変化がないかを確認するのもよいことです(☞Q5)。自覚症状がある場合は,次の乳がん検診まで待つ必要はありません。乳がん検診では,乳房撮影(マンモグラフィ)と乳房視触診の結果に基づいて,医師が乳がんの疑いがあると判断した場合には医療機関に紹介されます。医療機関では乳がん専門医によって診断が進められます。診断のためには,触診,視診などの診察,乳房撮影(マンモグラフィ)と乳房超音波検査などが行われます(☞Q6)。その他の画像検査として乳房MRIが行われることもあります(☞Q6)。診断確定のためには,細胞診,組織診が不可欠です(☞Q7)。症状がない場合や,検診で異常がないといわれた場合でも,定期的にセルフチェックを行い,必要に応じて医療機関を受診することをお勧めします。

図1  診療の流れ① 検診・診断

診療の流れ② 治療方法を決定するための診断

乳がんであることが確定した場合は,治療方法を決めるために,広がり診断,予後因子・予測因子の診断などを行います(☞Q18)。「広がり診断」とは,乳房温存手術を行う場合に乳房の中のがんの範囲を明らかにして,過不足なく乳腺を切除するために行うものです(☞Q18)。「予後因子・予測因子の診断」とは,乳がんの性質を検査するものです。これは手術で切除した乳がん組織を用いて検査する場合もあります(☞Q30)。また,治療方法を決定するためには,患者さん自身の希望にも十分配慮されなくてはいけません。治療方法に関して特にご希望があれば,医師との面談の際に,きちんと伝えるようにしましょう(☞Q10)。

診療の流れ③-1 初期治療と経過観察   図2

最良の効果を達成するために,治療方法は診療の流れ③-1に挙げた治療方法の中から必要なものを選び,適切な順番で実施します。例えば,術前化学療法の場合には,まず抗がん薬(化学療法薬)を中心とした治療を行い,腫瘍が縮小した段階で乳房温存手術,そして放射線療法を行い,ホルモン受容体陽性であればホルモン療法,HER2陽性であれば抗HER2療法(分子標的治療薬)を続けるということになります。各治療法については,Q18~38を参照してください。ホルモン療法継続中および初期治療終了後の経過観察の意義,方法についてはQ39を参照してください。

図2  診療の流れ③-1  初期治療と経過観察

診療の流れ③-2 再発診断と再発後の治療   図3

初期治療後の経過観察中に再発と診断された場合,手術した乳房付近だけの再発(局所再発)か,それとも遠隔臓器への転移があるかを区別して対応します(☞Q40, 41)。

局所再発の場合,乳房温存手術後と乳房全切除術後,あるいは放射線療法を以前に実施した場合としなかった場合で対応は異なります。治療終了後,全身治療が必要かどうかを検討します(☞Q41)。

骨や脳などに転移がある場合,症状のコントロールなどのために必要であれば,放射線療法,外科手術を行うこともありますが,あくまで薬物療法が中心となります(☞Q41, 44, 45)。

ホルモン療法が効く可能性がある場合には,原則としてホルモン療法から開始しますが,症状を伴う肺転移や広範囲に及ぶ肝転移がある場合などには,抗がん薬を先に使用することもあります(☞Q41, 46)。ホルモン療法が効く可能性があり,リンパ節や皮膚,骨だけに転移がある場合や,肺,肝臓などの内臓転移があっても症状を伴わない場合には,ホルモン療法から開始します。ホルモン療法と分子標的治療薬を同時に使用して治療を開始することも増えてきました。ホルモン療法の効果がある場合には,効果がなくなるまで治療を継続し,効果がなくなったら次のホルモン療法に切り替え,できれば計3~4種類を順番に使用します。治療しても効果がなくなってきた場合には,ホルモン療法は終了し,抗がん薬治療に移ります(☞Q46, 47, 51, 52)。ホルモン療法では閉経前か閉経後かにより,使用する薬剤が異なる場合があります。

HER2陽性乳がんの場合には,通常,まずトラスツズマブ(商品名 ハーセプチン)とペルツズマブ(商品名 パージェタ)と抗がん薬を併用します(☞Q50)。HER2陰性乳がんの場合には,抗がん薬を使用します。抗がん薬は3~4種類を順番に使用します。効果があり,副作用が許容できる範囲内であれば,効果が続く間は同じ治療を継続します。そうでない場合には,QOL(生活の質)を重視する観点から,がんに対する治療を中止する場合もあります(☞Q46~48)。これらの薬物療法が効果を発揮すれば,乳がんの転移に伴う症状が軽減し,多くの場合,これまでの家庭生活や社会生活を続けることができます。

図3  診療の流れ③-2  再発・転移治療の大まかな流れ