FRQ17   転移・再発男性乳癌に対する薬物療法は何が推奨されるか?

ステートメント

●内分泌療法としては,タモキシフェン単剤,アロマターゼ阻害薬+LH-RHアゴニスト,フルベストラント単剤を考慮する。
●内分泌療法薬の優劣および投与順序に関するデータは存在しない。
●内分泌療法にCDK4/6阻害薬を併用することを考慮する。
●化学療法および他の内分泌療法・分子標的療法は,女性乳癌に準じて行うことを考慮する。

背 景

 男性に発生する乳癌は全乳癌の1%未満と稀な疾患である。診断年齢は女性より高く,ホルモン受容体陽性HER2陰性が約9割を占める。15~20%に乳癌家族歴が存在し,BRCA1病的バリアントは0~4%と少なく,BRCA2病的バリアントが4~16%にみられる1)2)。多くの臨床試験で対象から除外されており,転移・再発男性乳癌に対する薬物療法の有効性について検討可能な前向き試験は存在しない。小規模な後ろ向き研究の結果に基づき,実地診療においては,女性乳癌に準じた薬物療法が行われている。男性における女性ホルモンは,アロマターゼを介して産生されるだけでなく,精巣も直接産生していることを考慮する必要がある3)

解 説

 ホルモン受容体陽性HER2陰性転移・再発乳癌に対しては,生命を脅かす病変がない場合,男性においても内分泌療法が考慮される。古くは精巣摘除,副腎摘除,下垂体摘出といった外科療法が行われていたが,手術侵襲と合併症のため,薬物療法の出現により行われなくなった。内分泌療法としてタモキシフェン単剤,アロマターゼ阻害薬±LH-RHアゴニスト,フルベストラント単剤が報告されている。タモキシフェン単剤の症例集積研究では,奏効率25~48%,奏効期間9~32カ月であった4)~7)。アロマターゼ阻害薬の105例のプール解析では,奏効率29.5%,無増悪生存期間(PFS)10カ月であった8)男性におけるエストロゲンの約20%は精巣由来とされており3)アロマターゼ阻害薬単剤はエストラジオールを35~62%減少させるが,完全に抑制することはできない9)10)。LH-RHアナログを併用することでエストラジオールを72%減少させることが報告されており,併用効果が期待されている11)アロマターゼ阻害薬にLH-RHアナログを併用することにより生存期間に有意差は認めなかったが,臨床的有用率は有意に良好であった〔オッズ比(OR)3.37,95%CI 1.30-8.73〕8)。アロマターゼ阻害薬にはLH-RHアゴニストを併用することが考慮されるが,LH-RHアゴニストの使用は性機能とQOLを低下させることが報告されている11)。フルベストラント単剤の23例のプール解析では,奏効率26.1%,PFS 5カ月であった12)

 内分泌療法にサイクリン依存性キナーゼ(CDK)4/6阻害薬を併用する臨床試験は女性を対象にしており,男性乳癌に対するデータは非常に限られている。パルボシクリブで治療されたリアルワールドデータにおいて,男性の有害事象は女性と同様であり,効果が評価可能であった12例において奏効率25%であったことに基づき,2019年に米国食品医薬品局(FDA)でパルボシクリブが男性乳癌に適応拡大となった13)。転移・再発を認める閉経前後の女性と男性の乳癌患者を対象として,一次内分泌療法としてのアロマターゼ阻害薬とribociclib(未承認)の併用について検討したCompLEEment-1試験では,男性が39例(1.2%)含まれていた14)。男性の乳癌患者を対象としたサブグループ解析が行われた.無増悪期間の中央値は全体集団で27.1カ月(95% CI 25.7-未到達)で,男性のサブグループ解析では未到達(95%CI 16.8-未到達)であった.男性のサブグループ解析における30か月の推定無イベント率は61.4% (95% CI 38.4–77.9)であった.奏効率は,全体集団で46.9%,男性乳癌で41.0%,臨床的有用率は,全体集団で76.9%,男性乳癌で76.9%であった.男性乳癌における有害事象発症頻度は,全体集団よりも少なく,好中球減少が53.8%,ホットフラッシュが33.3%,下痢が25.6%であった15). CompLEEment-1試験は国内未承認であるribociclibの臨床試験ではあるが, CDK4/6阻害薬に関する女性を対象とした他の臨床試験と同様のデータであった。これらを踏まえ, ホルモン受容体陽性,HER2陰性の転移・再発男性乳癌に対するアロマターゼ阻害薬とCDK4/6阻害薬の併用も考慮される。

 化学療法および他の内分泌療法・分子標的療法については,男性乳癌に対するエビデンスは存在せず,女性乳癌に準じた薬物療法を行うことが一般的である2)。HER2,PD-L1,BRCA1/2遺伝子,PIK3CA遺伝子をバイオマーカーとする分子標的療法の臨床試験に男性も登録可能であったが,実際の登録数はわずかであり,性別によるサブ解析は行われていない。

 以上のように,転移・再発男性乳癌を対象に薬物療法の効果を検証した前向き研究は存在せず,治療法は確立していない。現状では,生物学的特性に合わせて女性乳癌に準じた薬物療法を行うことを考慮する。男性乳癌に限定した大規模比較試験の実施は困難であるため,乳癌治療を検証する臨床試験対象から除外しないこと,リアルワールドデータを活用することにより,最適な治療が構築されることが期待される。

検索キーワード・参考にした二次資料

 PubMedで,“Breast Neoplasms, Male”,“Antineoplastic Agents, Hormonal”,“Molecular Targeted Therapy”のキーワードで検索した。検索期間は2021年3月までとし,434件がヒットした。また,ハンドサーチにて4件の文献を追加した。Web改訂版作成のため,2023年10月までの期間を対象にハンドサーチを行い,新たに論文2編を追加した。

参考文献

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15) Campone M, Laurentiis MD, Zamagni C, Kudryavcev I, Agterof M, Brown-Glaberman U, Palácová M, Chatterjee S, Menon-Singh L, Wu J, Martín M, et al. Ribociclib plus letrozole in male patients with hormone receptor-positive, human epidermal growth factor receptor 2-negative advanced breast cancer: subgroup analysis of the phase IIIb CompLEEment-1 trial. Breast Cancer Res Treat. 2022 ;193(1):95-103. [PMID:35212906]