CQ15  高齢者のHER2陽性早期乳癌に対する術後薬物療法として,トラスツズマブのみによる治療は勧められるか?

推奨

●化学療法を行うことが困難な高齢者には,トラスツズマブ単剤による治療を弱く推奨する。

推奨の強さ:2,エビデンスレベルの強さ:弱,合意率:98%(46/47)


推奨におけるポイント
■対象患者の判断は,RESPECT試験の適格基準を参考に決定すること。
■化学療法の併用が可能な高齢者には,化学療法と抗HER2療法による治療が推奨される。

背 景・目 的

 トラスツズマブと化学療法の併用療法はHER2陽性早期乳癌の予後を改善させるため,高齢者においても化学療法と抗HER2療法が推奨される。しかし,有害事象・併存症や患者の希望などにより化学療法の併用が困難な高齢者も存在する。このような高齢者のHER2陽性早期乳癌に対する術後薬物療法として,化学療法を省略したトラスツズマブ単剤の有効性や安全性などについて検証した。

解 説

 高齢者HER2陽性早期乳癌に対する化学療法を省略したトラスツズマブ単剤による治療の非劣性を検証した術後薬物療法のランダム化比較試験(RCT)としてRESPECT試験がわが国より報告されている1)。70~80歳かつ浸潤径が0.5 cmより大きいStage ⅢAまでのHER2陽性乳癌265例を対象にトラスツズマブ単剤またはトラスツズマブと化学療法併用の2群に割り付けられた。主要評価項目は無病生存期間(DFS),副次評価項目は全生存期間(OS),有害事象やhealth-related QOLなどであった。

 患者背景は,Stage Ⅰが最も多く43.6%,続いてStage ⅡAの41.7%であった。Performance statusは9割以上が0であった。化学療法のレジメンはあらかじめ規定されたもののなかから選択するように設定されており,パクリタキセル(35.1%),アンスラサイクリン(22.9%),CMF(19.8%),ドセタキセル(14.5%),TC(3.1%)の順であった。Relative dose intensity(RDI)はトラスツズマブ単剤で84.4%,化学療法併用群で81.8%であった。全体の約半数はホルモン受容体陽性乳癌であったが,そのうち14.2%に選択的エストロゲン受容体モジュレーター(selective estrogen receptor modulator;SERM)が,69.3%にアロマターゼ阻害薬が投与されていた。

 主要評価項目である3年DFSはトラスツズマブ単剤で89.5%,化学療法併用で93.8%であり,ハザード比(HR)1.36(95%CI 0.72-2.58,p=0.51)と化学療法併用に対するトラスツズマブ単剤の非劣性は証明できなかった。本試験ではイベント数が少なかったためにrestricted mean survival time(RMST)による補足的な解析が追加され,化学療法省略による3年DFSの消失は0.39カ月と示された。また,3年OSはトラスツズマブ単剤で97.2%,化学療法併用96.6%であり,HR 1.07(95%CI 0.36-3.19)であった。

 有害事象は,全Gradeの脱毛(2.2% vs 71.7%,p<0.0001)はトラスツズマブ単剤群で有意に低かった。Grade 3~4の非血液学的有害事象はトラスツズマブ単剤で11.9%,化学療法併用で29.8%と2倍以上の差があり,両群間で有意差を認めた(p=0.0003)。Grade 4の血液学的有害事象は,化学療法併用で13.7%であったが,トラスツズマブ単剤では認めなかった(p<0.0001)。感覚性神経障害はパクリタキセル群のみ報告されており全Gradeで65.2%であった。また,うっ血性心不全は両群で認められなかった。

 RESPECT試験ではhealth-related QOLについての報告がある1)2)。QOLはFACT-Gなどの質問紙票により,登録時,2カ月後,12カ月後および36カ月後に調査が行われた。275例のうち,231例(84%)が解析された。FACT-Gにおいてベースラインから5ポイント以上のQOLの低下は,2カ月後(31% vs 48%,p=0.003),12カ月後(19% vs 38%,p=0.009)と,化学療法併用群と比較してトラスツズマブ単剤群で,有意にQOLが維持されていた。しかし,36カ月では2群間での有意差は消失していた。化学療法を行うにあたっては,1年間程度のQOL悪化に配慮する必要がある。

 エビデンスの強さは,1つのRCTのみのため,「弱」とした。益と害のバランスについては,イベント数が少なくDFSの非劣性が証明されたわけではないが,追加解析では化学療法省略によるDFSの消失は0.39カ月とわずかであり,一方で,化学療法省略による有害事象の減少は明らかであるといえるため,「益」が「害」を上回ると判断した。

 推奨決定会議の投票の結果は,「行うことを弱く推奨する 46/47,合意率 98%」,「行わないことを弱く推奨する 1/47」であり,推奨は「化学療法を行うことが困難な高齢者には,トラスツズマブ単剤による治療を弱く推奨する」とした。トラスツズマブ単剤は有害事象が減少することは明らかであるが,化学療法併用に対するDFSの非劣性や,無治療に対する優越性が証明されているわけではないことに注意が必要である。また,化学療法を行うことが可能かどうかの判断には,高齢者総合的機能評価などを用いることが可能である。

検索キーワード・参考にした二次資料

 PubMed・医中誌・Cochrane Libraryで,それぞれ“Breast Neoplasms”,“Chemotherapy, Adjuvant”,“Trastuzumab”,“Aged”,“randomized controlled trial”のキーワードで検索した。検索期間は2021年6月4日までとし,1編のハンドサーチを加え,387編がヒットした。一次スクリーニングで4編,二次スクリーニングで2編に絞り込んだ。これら2編(1試験)を用いて解説文の作成を行った。

参考文献

1)Sawaki M, Taira N, Uemura Y, Saito T, Baba S, Kobayashi K, et al;RESPECT study group. Randomized controlled trial of trastuzumab with or without chemotherapy for HER2-positive early breast cancer in older patients. J Clin Oncol. 2020;38(32):3743-52. [PMID:32936713]

2)Taira N, Sawaki M, Uemura Y, Saito T, Baba S, Kobayashi K, et al;RESPECT Study Group. Health-related quality of life with trastuzumab monotherapy versus trastuzumab plus standard chemotherapy as adjuvant therapy in older patients with HER2-positive breast cancer. J Clin Oncol. 2021;39(22):2452-62. [PMID:33835842]