総説1    日本人女性の乳癌罹患率,乳癌死亡率の推移

 癌対策の立案と評価には,地域,あるいは国レベルでの癌の罹患と死亡の把握が不可欠である。日本人女性における乳癌罹患率,死亡率についてどのようなリソースが存在し,どのような傾向があるかを知ることは乳癌の対策を立てるうえで重要である。

1)死亡率
 わが国では,癌の死亡動向は厚生労働省の人口動態調査によって全数把握されている。人口動態調査は明治時代から実施されている政府統計であり,国際的にみても精度が高く,また公表時期も調査年から1年遅れと早い。人口動態統計による癌死亡データ(1958~2019年)ならびにそれを用いた種々のグラフは国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(https://ganjoho.jp/reg_stat/index.html)より入手可能である。

 死亡率には,粗死亡率と年齢調整死亡率がある。粗死亡率とは,一定期間の死亡数を単純にその期間の人口で割った死亡率である。一方,年齢調整死亡率とは,集団全体の死亡率を基準となる集団の年齢構成(基準人口)に合わせたものである。一般に癌は高齢になるほど死亡率が高くなるため,高齢者が多い集団は高齢者が少ない集団より癌の粗死亡率が高くなる。そこで,年齢構成が異なる集団の間で死亡率を比較する場合や,同じ集団で死亡率の年次推移をみる場合には年齢調整死亡率が用いられる。基準人口として,国内では通例昭和60年(1985年)モデル人口(昭和60年人口をベースに作られた仮想人口モデル)が用いられ,国際比較などでは世界人口が用いられる。

 2019年の人口動態統計(厚生労働省大臣官房統計情報部編)に基づく女性の癌死亡数は156,086人であり,このうち乳癌は14,839人であった。部位別では,大腸,肺,膵臓,胃に次いで第5位であり,全癌死亡に占める乳癌の割合は9.5%であった。年齢調整死亡率の推移(図1)をみると,1960年代より増加傾向がみて取れる。Joinpoint回帰分析を用いて年次推移を定量的に評価したKatanodaらの報告によると,1958~1964年は横ばいの傾向がみられ,1964~2018年は有意な増加が認められたが,2006~2018年の増加は緩やかであった1)。年変化率は,1958~1964年が-0.5%,1964~1978年が2.3%,1978~1990年は3.2%と増加がより顕著になったが,1997~2006年には1.4%とやや落ち着き,2006~2018年は0.4%となった。年齢階級別乳癌死亡率の年次推移(図2)をみると,高齢ほど近年の増加が顕著であり,60歳以上の年齢階級では増加傾向がみられた。一方,40~54歳の年齢階級においては,2000年頃より減少傾向がみられる。前述のように,日本人女性の乳癌死亡率の増加が緩やかになった一因として,この年齢層の死亡率減少が寄与しているといえる。年齢階級別死亡率(図3)をみると,1970年,1985年,2000年は55~59歳にピークがあり,その後,横ばいを示すものの80歳代から再び増加している。2015年の死亡率は60~64歳でピークを迎え,その後は横ばい,80歳代で再び増加を示している。2015年および2019年は2000年に比べ死亡率のピークが高齢化しており,また,40歳代から50歳代前半の年齢層における死亡率が低く,この年齢層における近年の死亡率減少がここにも表れている。

2)罹患率
 わが国では,死亡と異なり,癌罹患に関するデータを国として系統的に把握するシステムが確立されていなかった。罹患率を推定するためには,ある集団を設定し,その集団で一定期間に発生した罹患数を把握する必要がある。これを実現するためには地域がん登録が不可欠であり,がん対策の立案と評価のために世界の多くの国や地域で行われている。日本では,1950年代に宮城県,広島市,長崎市で開始され,次いで1960年代に大阪府,愛知県などで始められた。2012年には宮崎県と東京都で開始され,すべての都道府県(47都道府県と1市)で地域がん登録事業が実施されている。さらに,2013年12月にがん登録推進法が制定され,2016年1月から全国がん登録が開始された。2021年8月時点では,2016~2018年の全国がん登録による罹患データが,前述の国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」より入手可能である。

 全国がん登録が実施されるまでは,わが国では,地域がん登録の精度がさまざまであるため,一定の精度基準を満たした数府県~20数府県(年度によって数が異なる)の地域がん登録のデータをもとに全国推計値を算出することで,国レベルの癌の罹患状況を把握していた。1975~1999年の全国がん罹患推計は厚生労働省がん研究助成金による「地域がん登録精度向上と活用に関する研究」班が罹患データの収集,解析・公表を行っていた。2000~2015年の推計(1995年以降の再推計を含む)は,国立がん研究センターがん対策情報センターが担当しており,それらのデータは前述の国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」より入手可能である。

 2018年の全国がん登録データによると,女性の癌罹患数は421,964人,うち乳癌は93,858人であった。これは全部位の22.2%を占め,女性の癌の中では最も頻度が高い部位である。図1に示す罹患データは,年次推移の検討を目的として,山形・福井・長崎の3県の地域がん登録データを合わせて実測値として集計したものである。この3県の地域がん登録は,長期的に登録精度が高く安定しているため,登録精度の変化が罹患率の高低に及ぼす影響が小さいと考えられている。死亡率と同様にKatanodaらのJoinpoint回帰分析の結果をみると,1985~2010年までの年変化率は4.0%と有意な増加がみられたが,2010~2015年の年変化率は有意な値ではなく,横ばい傾向が示された1)。また上皮内癌を含む罹患率も同様に,1985~2002年が3.9%,2002~2010年は5.9%と有意な増加傾向を示していたが,2010~2015年は横ばい傾向であった。年齢階級別乳癌罹患率の年次推移(図4)をみると,45~54歳の年齢階級の罹患率が高く,年次推移としては年ごとのばらつきが大きいものの,45歳以上では概ね増加傾向を示していた。年齢階級別罹患率(図5)をみると,年によりばらつきがあるが,45歳までは罹患率が急増し,45~69歳の間にピークがあり,その後,横ばいないしは緩やかな減少傾向を示していた。

3)国際比較
 世界の癌罹患情報は,各国の地域がん登録の情報に基づき「5大陸がん罹患」として国際がん研究機関より発行されている2)。また,死亡情報に関しては,世界保健機関(WHO)が死亡データベースとして,世界各国の死因別死亡データを集計している3)。日本人女性の乳癌の年齢調整罹患率は,欧米諸国に比べて2分の1程度であり,年次推移をみると,日本では近年横ばいに転じたが,中国では増加傾向が続いているのに対して,欧米諸国では,2000年頃を境に増加傾向から横ばいないしは減少傾向を示している。日本人女性の乳癌の年齢調整死亡率は,欧米諸国の2/3程度である。年次推移は,欧米諸国が1990年前後を境に減少に転じているのに対して,日本では増加傾向が近年になり緩やかになったところである。

参考文献

1)Katanoda K, Hori M, Saito E, Shibata A, Ito Y, Minami T, et al. Updated trends in cancer in Japan:incidence in 1985-2015 and mortality in 1958-2018-a sign of decrease in cancer incidence. J Epidemiol. 2021;31(7):426-50. [PMID:33551387]

2)Ferlay J, Bray F, Steliarova-Foucher E, D Forman. Cancer incidence in five continents, CI5plus:IARC CancerBase No. 9. Lyon, International Agency for Research on Cancer;2014. http://ci5.iarc.fr(アクセス日:2021/9/29)

3)WHO Mortality Database. https://www.who.int/data/data-collection-tools/who-mortality-database.(アクセス日:2021/9/29)